横から見た原爆投下作戦 秋吉 美也子 (著) 元就出版社 2006 長崎原爆の当日、第一目標であった「小倉の天候は悪くなかった」

どきどき戦争
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長崎原爆の当日、第一目標であった「小倉の天候は悪くなかった」

「小倉の工場では煤煙を大量に出して煙幕を張っていた」
連日の爆撃でなんとかしようとみんなで古タイヤを燃やしていたらしい 。

 

それをB29のパイロットが天気が悪かったと誤認報告 。

軍事都市・小倉の対空砲火は激しく、都築の基地からも迎撃機が飛び立つ。

投下をあきらめて左に急旋回、止むをえず捨てたような長崎への投下だったという。

世間的には天気が悪かったとそのままになってるけど、実際はちがう 。

 

1945年8月9日10時30分
V-77“ボックスカー”、三回の爆撃航程に全て失敗。残燃料に余裕がなくなった上、日本軍の高射砲及び五式戦(陸軍59戦隊)と零戦(海軍203空)の迎撃を受けたため小倉への爆撃を断念。小倉上空を離脱し、第二目標である長崎市へ移動する

1945年8月9日10時50分
V-77“ボックスカー”、レーダーを用い長崎市上空の攻撃始点(IP)に到達。雲の切れ間より市街地が見えたことで、即座に自動操縦に切り替え目視爆撃の実施を決断

 

オッペンハイマーはなぜ死んだか 2021/10/2 西岡昌紀 (著)飛鳥新社
オッペンハイマーはなぜ死んだか (ソフトカバー) 2021/10/2 西岡昌紀 (著)飛鳥新社

 

長崎に原爆投下した際のB29の進行経路について

小倉上空で燃料不足のなか、約1時間も滞空。

三回の爆撃航程に全て失敗。

残燃料に余裕がなくなった上、日本軍の高射砲及び五式戦(陸軍59戦隊)と零戦(海軍203空)の迎撃を受けたため小倉への爆撃をついに断念。

小倉上空を離脱し、第二目標である長崎市へ移動する

長崎まできたB29は、ここでも小倉同様、厚い雲に長崎市が覆われているのみて、機長は投下をあきらめた。

そのまま、B29は熊本まで南下。

そこで、不思議なことに長崎まで引き返している。

この謎…

無線で上層部から、絶対、投下しろとの指示を受けたんではないかとの西岡氏の推測。

これはもっともな推論ではないかと思った。

その上層部の指示なるものについて、もっとも可能性が高いのはフラクリン・ルーズベルトが議会で内緒で、インチキ会計簿をつくって、議会を無視して多額の予算(約3兆円!!)を使っていた原爆の効果をどうしても見せておく必要があったのだろう。

アメリカによる日本人市民大虐殺、広島長崎に対する無警告の原爆投下についての疑問点はまだまだある。

最大の謎は、長崎に投下されたプルトニウム型の原爆はじっさいにトリニティ実験でアリゾナで爆発成功させたものだった。

ところが、広島に投下されたものは実験していないのだ。

だからここから、広島原爆はじつはナチスドイツが作ったものではなかったという疑惑が出てくる。

爆発の起動システムがまったく違う原爆を、2発も、アメリカでも、いくら何でも作れなかった。

それを裏付ける証言もある。

 

横から見た原爆投下作戦 秋吉 美也子 (著) 元就出版社 2006/11/1

↑これはほぼ真実であろう。数年前の毎日新聞でも、終戦記念日特集か何かで、小倉市民にインタビューして裏付けもとられてる。

連日の爆撃で何とかしようと、みんなで古タイヤを燃やしていたらしい。

あまり表ざたにすると、長崎市の人たちに悪いからと、その記事にはあった。

それをB29のパイロットが天気が悪かったと誤認報告 。

 

彼女は原爆投下当時、12歳。

投下目標だった小倉市にほど近い田舎町に住んでいたという。

 

【ミクロガード】

なぜ、長崎に原爆ドームがないのか?
なぜ、長崎に原爆ドームがないのか?

 

ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」 高瀬 毅 (著) 出版社: 平凡社 (2009/07)http://www.amazon.co.jp/dp/4582824536
内容(「BOOK」)浦上天主堂の廃墟が戦後13年目に取り壊された裏に何があった?長崎原爆の隠された真実に迫る、渾身のノンフィクション。
なぜ、長崎に原爆ドームが無いのか http://t3mi.exblog.jp/13366829

 

■取り壊された「浦上天主堂」の廃墟 アメリカにとって消さなければいけなかった過去 長崎原爆 浦上天主堂の取り壊し (27)http://plaza.rakuten.co.jp/alex99/diary/200808160000/

 

↑当時の長崎市長。アメリカに懐柔されて取り壊し。お人よし(売国サヨク?)って何をやらせてもダメだなあ… ため息

 

【米国】「日本への原爆投下も国際法違反か」、シリア関連でロイター記者が質問 副報道官は回答避ける★2 [13/08/29]

1945年(昭和20年) 8月9日 – 長崎への原爆投下により、爆心地から至近距離に在った浦上天主堂は、ほぼ原形を留めぬまでに破壊。投下当時、8月15日の聖母被昇天の祝日を間近に控えて、ゆるしの秘跡(告解)が 行われていたため多数の信徒が天主堂に来ていたが、原爆による熱線や、崩れてきた瓦礫の下敷きとなり、主任司祭・西田三郎、助任司祭・玉屋房吉を始めとする、天主堂にいた信徒の全員が死亡。

その年の10月、一人の復員兵が浦上の廃墟を訪れる。長崎の出身で、北海道の修道院に帰院する途上の野口神父であった。師が深い祈りをを捧げている時、瓦礫の中から、真っ黒に焼け焦げた顔が、深い悲しみを たたえて自分をみつめていることに気付く。 天主堂の祭壇に奉られていた聖母マリアのお顔であった。

爆心地から至近距離に在った浦上天主堂は、ほぼ原形を留めぬまでに破壊。投下当時、8月15日の聖母被昇天の祝日を間近に控えて、ゆるしの秘跡(告解)が 行われていたため多数の信徒が天主堂に来ていたが、原爆による熱線や、崩れてきた瓦礫の下敷きとなり、主任司祭・西田三郎、助任司祭・玉屋房吉を始めとする、天主堂にいた信徒の全員が死亡。

 

↑まあアメリカとしては何としても抹殺したかったわな。このタイミング!、

同じキリスト教徒に対する鬼畜の所業。

 

色々なメディアの書き込みで、原爆投下関連で、「長崎のことも忘れないで」との悲痛な書き込みを見かけることが多い。

私も日本国民の一人として、残念で悔しくて仕方がない。

 

成功していた日本の原爆実験―隠蔽された核開発史 2019/ロバート・ウィルコックス (著), 矢野義昭 (翻訳) 勉誠出版 このままでは、人類3発目の原爆はやはり日本で炸裂するとしか思えないのだが……
成功していた日本の原爆実験― このままでは、人類3発目の原爆はやはり日本で炸裂するとしか思えないのだが……

 

日本人差別主義者のルーズベルトは大嫌いだが、認めざるを得ないところがある。

それは、当時、どこの馬の骨ともわからない原爆というものを開発すると密かに決定したこと(マンハッタン計画)である。

しかも、御法度の秘密予算を作って、議会に内緒で進められたという凄さ!

「鉄鋼の輸出入におけるチョメチョメとか」、もっともらしい項目作って予算をねん出してたという凄さ。

いかに為政者の決定が重要かがわかる。

しかも、同時期に進めてたB29の開発には同等額の費用がかかったという金満国家である。

かかった費用はおよそ20億ドルといわれ、現在のレートに直すと、3兆円である。

3兆円×2である。

 

天皇のスパイ 2009 高橋 五郎 (著) 学研プラス “天皇のスパイ”と呼ばれる男がいた。第二次大戦中、二重三重スパイとして、世界を股にかけた男、アンヘル・アルカッサル・デ・ベラスコ。なぜ、大日本帝国は、アジア各地から莫大な財宝「黄金の百合」を収奪したのか?
天皇のスパイ アンヘル・アルカッサル・デ・ベラスコ

 

長崎原爆はアメリカ製だが、広島原爆はナチス製であると、ベラスコは断じる。

起爆方式が全く違う二つの原爆。

長崎はアメリカがトリニティ実験で実際に爆発させた原爆である。

ただ、広島の方は実験していない。

これは確かな事実だ。

つまりナチス製の広島原爆はベルギーでロンメル将軍によって連合国に引き渡され(看護婦数人との捕虜交換を表向きの口実として)、広島で投下されたというのだ。

高橋 五郎氏が調べたところでは、実際にベルギーの森で看護婦との捕虜交換が行われたという。

ただ、そのタイミング、交換の実際に間尺に合わないものが多く「奇妙な捕虜交換」と軍事史家の間で言われているものだという。

 

Terminator 2 - I Need Your Clothes, Your Boots & Your Motorcycle
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文庫 鳥居民評論集 昭和史を読み解く (草思社文庫) 2016/4/2 「いままで誰も書かなかったこと」 ← これ凄い
文庫 鳥居民評論集 昭和史を読み解く (草思社文庫) 2016/4/2 「いままで誰も書かなかったこと」 ← これ凄い

 

本書に収録された30ページ足らずの櫻井よしこ氏との対談「なぜ原爆は投下されたのか」もまた圧倒的に素晴らしい。日本人なら読んでほしい。

・原爆のまえに降伏チャンスあったのに、本土決戦とかいって降伏しなかった政府が悪いだろう

・天皇がより早く、終戦の判断を示唆していたら空襲や原爆で、多くの非戦闘員が死なずに済んだのに

↑この素朴なバカ左翼の意見、よくみるけど無理だよ チョンコとバカサヨはいい加減にしとけよ

 

秘密予算で議会に内緒でつくった原爆をどうしても落としたかったアメリカ民主党 

『原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀』 鳥居 民 (著) 草思社

 

陸軍長官スティムソンと国務次官グルーは、日本に降伏を勧告するときだと大統領トルーマンに何回も説き、日本側が受け入れることができるように、天皇の地位保全を約束すべきだと主張した。

それでも日本が降伏を拒否するのであれば、そのときこそ原爆の投下を警告すべきだと説いた。

海軍長官フォレスタル、陸軍参謀総長マーシャル、海軍軍令部総長キングもまた、警告なしに日本の都市 に原爆を投下することには反対の立場であった

ところが、トルーマンと彼のただ一人の協力者である国務長官バーンズは、日本に降伏を勧告するスティムソンの草案から天皇の地位保全を認める条項を削ってしまう

・日本の降伏の引き金はソ連参戦
・日本の降伏の引き金はソ連参戦

 

アメリカが故意に日本の降伏を遅らせて原爆を投下した手練手管が書かれている

スティムソンの草案では共同提案国にソ連の名前が入っていたが、トルーマンとバーンズは、日本がソ連に和平の仲介を依頼していることを日本外務省とモスクワの日本大使館との間の往復電報から 知り、ソ連の名前を削り、重慶の国民党政府に差し替えたのである。

日本にソ連への期待を持ち続けさせ、降伏勧告を無視させようとしてのことだった。

さらに、その降伏勧告をホワイトハウス、国務省からではなく、宣伝機関の戦時情報局から発表させた。

日本側をして宣伝文書と思わせるようにしたのである。

 

↑手が込んでるねえ ジャップを皆殺しにしたかったんだねえ 核がなかったから落とされた これが真実

 



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