司馬遼太郎と東京裁判―司馬歴史に潜む「あるイデオロギー」福井 雄三 (著) 2006主婦の友インフォス

健康 古代史 時事一般

 

多くの人を魅了してやまない司馬さんの歴史小説。しかしそこには戦後の日本人を縛ってきた「東京裁判史観」が隠れてはいないだろうか。

昭和史をどうとらえるか司馬史観の徹底検証。

<内容・目次>第1章 東京裁判に呪縛されていた「司馬史観」の軌跡(司馬さんと東京裁判史観。一見何の関係もないように見えるが、深部でつながっていた)。

第2章 司馬さんの作品にみる「司馬史観」の萌芽と形成(『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『翔ぶが如く』にみる司馬史観の功罪)。

第3章 「司馬史観」と戦後日本の閉ざされた言語空間(戦前は暗黒の時代という史観はまさに司馬史観と東京裁判史観で共通している考え方である)。

第4章 欧米の識者たちは戦前の日本の立場をどのように見ていたのか(戦前の日本の行動にきちんと理解を示した欧米の知識人やジャーナリストがいた)。

第5章 対談・司馬遼太郎さんという戦後(気鋭のジャーナリスト東谷暁氏による著者インタビュー)。今なお好評な前著『「坂の上の雲」に隠された歴史の真実』を凌駕する、全く新しい歴史観の提唱。司馬遼太郎さんのファン必読の書。

 

司馬遼太郎は色々と問題のある作家だ。

よく比べられる松本清張と比較してみれば、世間の評判は同等というところだろうが、私の司馬遼太郎観は極めて低い

本書、福井雄三氏が終始言っているのは、日本は日露戦争の頃までは良かったが、それからがいけないというもの。

そのお手軽な歴史観に福井雄三氏が異を唱えているというものだ。

いわゆる、犬HKが大好きな「司馬史観」というものの正体だ。

司馬遼太郎といえば、私にとっては、脱線がおもしろかった、「学校の先生」というところだ。

なにせ、本を書くに際し、2トントラックで3台分とも4台分ともいわれる徹底的な関連書籍を集めたとされる。

 

◆本当は日本軍の大勝利だったノモンハン事件  五味川純平、司馬遼太郎の小説は虚構である 

五.ようやく状況の重大さを認識した軍中央が本格反撃作戦を決意したことを知って、震え上がったスターリンは、リッペントロップを通じてヒットラーに停戦の仲介を頼み込む。不拡大方針をとる政府・軍中央は、一方的に国境侵犯攻撃をしてきたソ連軍の非をとがめること無く、これに応じてしまうである。
増援部隊の集結を得て、反撃を期していた兵士は停戦命令に憤激したという。

六.もしこの時に反撃を行っていたら歴史は変わっていたであろう。

この二年前の昭和一二年には外蒙古で大規模な反乱計画があり、前首相・参謀総長を含む二万八千人が処刑されている。

これは当時の人口八〇万の四%近くにあたり、それまでの粛清を加えると総人口の六%がソ連=共産党支配者によって虐殺されるという異常事態が進行していたのである。また昭和一四年にも千人が参加した反革命蜂起が起こっている。

そのような反対派を押さえ込み支配を固めることを狙って、断固たる決意で行ったのが大兵力を結集した国境侵犯だったのである。

それが日本軍の反撃によって敗退することになったら、ソ連=共産党の外蒙古支配は完全に崩壊していたであろう。

その結果、内蒙古・満州内蒙古人勢力と協力した親日の政権が生まれていた可能性が高いのである。

七.こうした歴史的事実を教えてくれる本が昨年出版された「ノモンハン事件の真相と戦果-ソ連撃破の記録」(小田洋太郎・田端元著)(有朋書院)である。歴史偽造を突き崩す貴重な情報を教えてくれる書である。
多くの人に読まれることを願うものである。

 

ラインボーテ (@lrt_kyuu) on X
ノモンハン事件中、ソ連軍は現地までの軽便鉄道敷設を決定。完成は終結後になったものの、これによりシベリア鉄道~チョイバルサン市~タムスク基地+支線の長大な軽便鉄道が完成した。流石に日本軍側もこれを把握してたとは思われるが、対策を講じたという文...

ノモンハン事件中、ソ連軍は現地までの軽便鉄道敷設を決定。完成は終結後になったものの、これによりシベリア鉄道~チョイバルサン市~タムスク基地+支線の長大な軽便鉄道が完成した。流石に日本軍側もこれを把握してたとは思われるが、対策を講じたという文書は見たことが無い

岩井秀一郎 新刊『敗北の作戦参謀』発売中
@daizu_mahoroba
参謀本部ロシア課長などをつとめた林三郎曰く、帝国陸軍では大兵団の兵站は200キロから250キロが限界と考えられていたが、ノモンハンのソ連軍は一番近い駅から700キロあった。従って大兵力の展開は不可能、と考えていたという。しかしこれは大八車などの手段による計算で、機械化されていれば当然状況は違ってくることを関東軍は見誤っていたという(林三郎『関東軍と極東ソ連軍』)。

↑ようつべにこれ専門で探求している人の、ドキュメンタリーみたが、今回探したけれど見当たらない。

要するに、ソビエト・ロシア側は、補給を完璧にさせるために、新たな鉄道まで敷設していたというもの。

日露戦争でやられた借りを返すという彼らの思いがこれほどまでに強かったのかと感じた。

 

「『坂の上の雲』は傑作にしてください」
作家・野沢尚さんNHKにも遺書

NHKは8日、21世紀スペシャル大河として平成18年に放送予定だった連続ドラマ
「坂の上の雲」(司馬遼太郎原作)の脚本を担当していた野沢尚さんが自殺した6月28日、
ドラマのスタッフあてにも“遺書”を残していたことを明らかにした。

> どうやら、朝鮮に関する内容について[間違った]記述をした場合、
> 大阪にある民団か総連かその辺は知らないけど、在日の講習に
> 編集と作家が毎週一回、それを一年間通い続けなければならないと
> いうルールがあるそうだ。この編集さんの話ぶりだと拒否出来ないっぽい。
> 冗談じゃない。在日に都合の良い、嘘で塗り固められた講習を受けるのは
> まっぴらだろう。だから本気で描く場合、作家側が完全に
> 理論武装しておかないと上記の様なことになるらしい。

↑物心両面、やりたい放題、タカリ放題の密入国者の子孫の罪日チョン
日本人被害者は増すばかり  反日テロリスト集団・日教組も加担
罪日チョンコは一匹でも多く強制送還するのが日本の幸福に直結
帰化など易々と認めるべきじゃない

法務省的には、こういうチョンによる人権侵害はどうなるのかな?

【政治】 「菅首相に対する政治資金規正法違反罪の告発状を受理」 ~東京地検特捜部 在日韓国人献金問題で

 

886 名前: 名無しんぼ@お腹いっぱい [sage] 投稿日: 2011/11/22(火) 20:01:26.69 ID:WqfhrFI10
「坂の上の雲」にいたっては、脚本家が自殺しちゃって

従軍記者だった正岡子規(香川照之)が、戦争に疑問を持ったり、アジアの国に迷惑をかけたことをを激しく後悔したりするシーンが勝手に追加された

司馬遼太郎の原作には、そんなシーンはありません

 

642 :可愛い奥様:2012/11/16(金) 13:37:20.20 ID:xZeoXFzR0
昨日の参議院の国会中継で、小渕優子さんが「チン・ジュカン」という薩摩焼宗家を名乗る人物の話をして
日韓友好話をぶちあげていたのをご覧になった奥様いらっしゃいますか?

こんなのにコロッと騙される国会議員…
もういいかげんにしてもらいたいです。

仏法対話(84)沈寿官の真実  @@困ったもんです司馬史観 娯楽小説だけ書いてればよかったのに…

中杉 弘のブログ:仏法対話(84)沈寿官の真実 - livedoor Blog(ブログ)

司馬遼太郎は筆名。司馬遷に及ぼずの意味の筆名とか。
司馬遷は、言うまでもなく「史記」を著した歴史家。

司馬自身も、目標としている司馬遷には及ぼずとはいえども、
現在では「独自に資料や文献にあたり、歴史や人物を展開する手法は
『司馬史観』と称される」(朝日新聞、十月二五日タ刊)ほど、
小説家としてだけでなく、歴史家としても一目も二目も置かれた存在となっている。

しかし、これほどの人物の著作物の中だが、歴史家としての名声に疑問をもたされるものがある。
「故郷忘じがたく侯」(文芸春秋社、昭和四三年刊)がそれである。

同書は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、日本に強制連行された(私はこの説に異議ありだが)

陶工家たちが、故国の事が忘れられないまま鹿児島・苗代川(現・美山)に住みつき、
日本人の差別に耐えて、薩摩焼を陶芸品として定着させたという歴史もの。

日・韓の「する」「される」歴史の側面を、沈寿官という陶工を通して描いた秀作
というのが一股的な評価となっている。この書を読んで感激しわざわざ苗代川を訪れる者もあるようだ。

この司馬作で脚光を浴びたのが、この書のモデルとなった 「薩摩焼宗家十四代沈寿官」。

それまでは無名であった者が、この書の出現でこの書が作りあげた虚像のままに生きることになる。
そのお手伝いはマス・メディア。 問題は司馬のこの書の大半が嘘で固められていることである。

先ず十四代・沈寿官(以下十四代と記す)の経歴に詐称がある。
その点から「司馬史観」の実態の一端を検証してみたい。 十四代は韓国人?日本人?

↑チョンコが絡む歴史の話は嘘ばかり 犬HKが大好きな「司馬史観」 なにもかもチョンコ左翼が悪い

「鹿児島県旧士族沈寿官家はその韓国ふうの姓名が世襲であり、戸籍名であり、むろん
いまの第十四代の当主もその名なのである」(同書八ぺージ)
「薩摩に連れて来られて以来、江戸時代からこんにちにいたるまでついにその姓名を
かえようとしていない」(同書九ぺージ)とあるがこれが全くの嘘なのである。

十四代の戸籍名は大迫(吉本)恵吉 。
大正十五年十二月三日に誕生すると、既に日本姓を名乗っていた吉本祐康、
その妻テイの実子として届けられる。テイは十三代の実妹。

そのあと、昭和三一年二月二二日に大迫エダ(実母・ハマノの母)と養子縁組をする。

この十四代が沈姓になったことがある。

それは実父十三代の死(昭和三九年三月三一日)の前日、
妻と共に実父・実母の養子となるが、それから半年も経たないうちに大迫姓に戻っている。
従って、旧制二中入学時は吉本恵吉。
ところが、司馬の書では本名は伏せられ、沈姓で終始する。

そこから次のような捏造がまかり通る。

入学早々、教室にすぐ上級の者が数人はいってきて、

「このクラスに朝鮮人が居っとじゃろ。手をあげい」とわめいた。(同書四十ぺージ)。

上級生たちは「新人生名簿によって韓姓の少年がいることを知っただけであるし(同書四一ぺージ)。

その後、上級生たちは「沈少年が名乗らなかったということで、少年たちは激昂した。
精神を注入してやる、と吼え、沈少年を教室のそとへ出し、屋上へつれてゆき、
十人ほどが寄ってたかって殴った」(同書四二ぺージ)となる。

この暴行の場面は朝鮮人迫害の恰好の例として、
在日朝鮮人作家・金達寿、金一勉がそれぞれの著作で踏襲する。
秋山ちえ子も「哀しい町」で同行同曲のことを書く。
そして、NHKで増幅される。

↑チョンコが絡む歴史の話は嘘ばかり 犬HKが大好きな「司馬史観」 なにもかもチョンコ左翼が悪い

 

十四代は昭和四一年に、韓国民を震え上がらせていたKCIA(韓国情報局)
の招きで渡韓し、朴大統領に会い、ソウル大学で講演している。

その時十四代はどういう肩書で渡韓しているのか。

司馬の筆によると「ソウル、釜山、高麗の三大学の美術史関係の研究者に
まねかれて渡韓した。」(同書五九ぺージ)とある。

ここでは陶工家の肩書は出てこない。

薩摩焼きの第一人者でもないのだ。それはそのはずである。
十四代が東京から帰鹿したのは昭和三五年以降のはずである。

昭和三一年出生の長女の届けは東京都。長男のそれは昭和三四年、横浜で届け出。
次女の出生(昭和三六年三月三一日)の届げ出が初めて鹿児島でなされている。

この間の十四代の経歴はどうなっていたのか。

昭和二〇年十四代は旧制中学を卒業すると鹿児島医専(現鹿大医学部)に入学、中退。
その後、早稲田大学政経学部卒のあと、鹿児島選出の自民党代議士床次の秘書となっている。

その秘書稼業をやめ、帰鹿し窯場の苗代川に落ち着いても
十四代が作陶に精出している姿を地元の陶工家で見た者はない。

十四代は政治向きのことで奔走しているのだ。

昭和四六年、四七年には大迫恵吉の名で鹿児島県PTA連合会会長となっている。

そういう下地を作ったあと十四代は参議院選挙に打って出る準備もしている。

こういう経歴の持ち主が、昭和四三年刊行の司馬の書では早くも名工扱いになっている。

ここでも司馬の筆が踊る。十四代は十三代に「少年のころから作陶の技術を教わった。」と。
これなど全くのインチキである。十四代はNHKの放映でもそのように喋っているのだが、
十三代は京都帝大法科を卒業したあと朝鮮総督府の役人をやり、戦後は郷里で村会議員をしていたのだ。

十四代が名工などということがとんでもないことは別の面からも証明出来る。

『故郷忘じがたく候』の虚構性  大阪青山短期大学 福井雄三 2012/11/16(金)
http://www.jiyuushikan.org/rekishi/rekishi226.html

私の友人に、ソウル大学名誉教授の李杜玄という人物がいる。
東アジアの民俗学が専門の学者だが、この人も『故郷忘じがたく候』を読んで、あまりにも感動され、
ソウルから飛行機に乗って鹿児島の沈寿官氏の家までわざわざ会いに行かれた。

そのときのことを、彼は私に次のように語っている。

「いやぁ、福井さん、あの『故郷忘じがたく候』は大変素晴らしい名作だけれども、
内容的には大部分が司馬遼太郎の創作ですよ。一応は、沈寿官から聞いた史実をふまえての
エッセイということになってますけれどね。まぁ、地名だとか、人名だとか年代などは、
基本的に事実だとしても、あれはまさしく司馬さんが自分の空想を膨らませて書いた作品で、
彼自身の思いこみが投影されたものですよ」

拙著『「坂の上の雲」に隠された歴史の真実』(主婦の友社)のなかで、
私は以前『故郷忘じがたく候』をとりあげて論じたことがある。

すると、その後、読者の方からこれに関して次のような内容のお手紙を頂いた。

『我が母校の鹿児島二中は、九州でも屈指の文武両道の進学名門校であり、嘘をつくな、
けんかに負けるな、弱い者をいじめるな、という尚武の気風をモットーにしています。
卒業生たちも社会で名を成した立派な人たちが多く出ています。

そのわれらが母校の入学式で、上級生による朝鮮人新入生への集団暴行が、
毎年恒例の伝統的な行事として行われるなど、前代未聞です。

そんなことが実際に起こっていれば、教師や父兄をも巻き込んだ大問題に発展し、
校長の首は飛んでいるでしょう。少なくとも、私の周辺や見聞した限り、そのようなことは皆無です。
司馬遼太郎がなぜこのようなでたらめを書くのか分かりません。

甲南高校も含めた鹿児島二中の同窓会では、司馬を名誉毀損で訴えてやりたい、
という怒りの声が沸き起こっています。福井先生、いつか機会があれば、是非、
このことを世間に訴えて下さい』



DTI 光

スーパー作家、司馬遼太郎!
http://www.logsoku.com/r/magazin/1187163286/
388 :イラストに騙された名無しさん:2009/10/07(水) 00:49:26 ID:7goBkq01

福井氏が以前、『「坂の上の雲」に隠された歴史の真実―明治と昭和の虚像と実像』の中で
司馬遼太郎の『故郷忘じがたく候』を論じたところ、読者から手紙が寄せられた。
それによると、沈寿官が旧制鹿児島二中(現・甲南高等学校) に入学して最初の日に、
朝鮮人だということで上級生に呼び出され、凄惨なリンチを受けたエピソードについて、
沈寿官が大嘘吐きか司馬が作り話を書いているかのどちらかであると言う。

イジメどころか、当時、 沈寿官は喧嘩三昧に明け暮れた番長クラスのボスだったそうだ。
それで、同中の同窓会では、司馬を名誉毀損で訴えたいという怒りが湧き上がっていたそうだ。

だいぶ前、週刊新潮も、司馬遼太郎の『故郷忘じがたく候』で描かれた
沈寿官への日本人の凄絶なイジメの話とかは実は嘘で、沈寿官の親類筋の証言として、
実は先輩の彼女に手を出してリンチされたとか、
彼は有名になってからも料理屋の女将に襲い掛かったとかの話の記事を載せていた。
あと、「薩摩焼宗家」という称号も事実に反し、薩摩焼関係者からクレームが出されていると。

 

395 : イラストに騙された名無しさん[sage] : 投稿日:2009/11/29 11:37:36ID:aV0ik0K9 [1/1回]
司馬WWW
[372:名無しさん@恐縮です (2009/11/26(木) 19:48:55 ID:JfyzY2pJ0) AA]

歴史、小説の別じゃなくて二枚舌なとこに批判が集まってる気がする。
例えば福田恒存っておっさんが司馬の乃木愚将論を多角的に批判したわけ。
後付けで物言うな黒ぶちメガネ、大体お前のネタ本はトンデモ満載の機密日露戦争だろ?ってな感じで。
そしたら司馬はガン無視して、雲の執筆準備をどんどん進めたんだと。
で福田が出版社の社長室に乗り込んで、俺取るのか司馬取るのかどっちか選べコラって迫ったらしい。
そもそも、司馬はあとがきで「この本は9割方史実だよ」って書いてるじゃない。 でどこが史実だオラって本筋の
歴史学者から総ツッコミ入ったら「いや俺が書いたのは小説だよ」って言ったり。
そりゃ、小説だから幾らでも嘘ついてもいいけど、こういうのはあんまり好きじゃない。

648 :可愛い奥様:2012/11/16(金) 14:13:00.95 ID:Yucx5slfO
>>647
これ当時芸スポの「坂の上の雲」のスレにも張られてたと思う。
家の爺さんも司馬を嫌ってた。
だいたい団塊が好み、NHKが重用する時点で…

6:13 2015/10/18
書込み中・・・

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/            >

 

↓ ●熊本時代の同窓生達が姜尚中の虚言を告発するサイト

>(姜尚中は自著の中で)『なぜ自分は「在日」なのか。 何故自分たちは「みすぼらしい」のか。』
『こうした疑念が私を不安にしたが、それを口に出していえる友や先生はいなかった。
(中略)しかもその分断は、日本の歴史と決して無関係ではなかったのだ。(引用終わり)』

>彼は熊本市内の名門済々黌高校の出身であり、彼のクラスメートだった私の友人も沢山います。彼等は私に会うたびに

→ 「誰も差別ばしとらんとに、永野(姜尚中氏の日本名)はけしからん」 ← と言っています。
彼等によれば姜尚中氏が在日であることすら誰も知っておらず ←
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
(永野という偽名で生活)、 もし知っていても済々黌という誇りを持った学校に、
彼を在日だからといって差別するような生徒が居るはずがないと怒っているのです。

>すでにこの時代、熊本の中学校や高校ではまじめな生徒であれば
「在日」であっても差別されるような雰囲気は全くなかったことを私自身の経験から断言できます。

 

嗚呼、朝鮮人!!朝鮮人はだめだなあ…

小中高と、姜尚中と学友だった連中は彼をウソつき、詐欺師と告発してるよ。

>姜尚中氏の嘘を告発する
「このままこのインチキ偽善者を勝者にしてはいけない」という
怒りと焦燥の思いがこみ上げ、
皆様に彼の仮面の下の本質を知って頂く

 

『日本社会の恩恵を受けながら、日本を蔑み貶めることを生業にする恥知らずな姜尚中』
神奈川の世論。を転載平成20年1月7日姜尚中氏の嘘を告発する                調布史の会 世話人                        …

 

↑どこへ行ってもこのクズ・ミンジョクは被害者に成りすまして無知なお人よしを騙しまくり

『被害者』ぶって『差別に苦しんだ』詐欺で生きてきたクズだよ。罪日ちょうせんじんを象徴する人物だ

半万年、シナの奴隷だったから遺伝子レベルで詐欺師なんだよ

嘘つきだから、ユーキャン、バカマスゴミ、犬HK、チョンビーエス、通販生活、関口、田原とウマが合うんだよ

 

世界最強だった日本陸軍 スターリンを震え上がらせた軍隊 (PHP文庫) 福井 雄三 (著) 2015

 

太平洋戦争における日本の“最大の悲劇”は、日本が戦争に敗れたこと自体というよりも、アメリカから一方的にやられっぱなしの、あのようなぶざまな負け方をした戦闘内容のレベルの低さにあった。これが、現在の日本人の潜在意識の底――対米意識や戦後の歴史観にも大きな影を落としている。

しかし、兵力差10倍のソ連軍を圧倒したノモンハン事件、世界を驚かせたシンガポール陥落までの電撃戦など、スターリンをも震え上がらせ、当時の国際情勢を大きく動かした日本陸軍は、一時世界最強であった。では、なぜ日米戦争では“悲惨な敗退戦”を繰り返したのか。

本書は、「北進論と南進論」「次から次へと嘘をつく」「ガダルカナルの悲劇の真犯人」「なぶり殺しにされた日本陸軍」「死中に活を求めたはずが……」など、陸軍が海軍の無謀な戦略と作戦指導に引きずられて、敗戦に至った真因へと迫る!

「陸軍悪玉・海軍善玉論」を根底からくつがえす渾身の力作。

 

自ら歴史を貶める日本人 2021/9/25西尾幹二+現代史研究会 (著) 徳間書店、潜水艦隊 (中公文庫) 2023井浦 祥二郎 (著) あの戦争にまったく勝ち筋はなかったのかと言われれば、たった一つだけあったというのが私の仮説である…

自ら歴史を貶める日本人 2021/9/25西尾幹二+現代史研究会 (著) 徳間書店、潜水艦隊 (中公文庫) 2023井浦 祥二郎 (著) あの戦争にまったく勝ち筋はなかったのかと言われれば、たった一つだけあったというのが私の仮説である…
自ら歴史を貶める日本人 2021/9/25西尾幹二+現代史研究会 (著) 徳間書店、潜水艦隊 (中公文庫) 2023井浦 祥二郎 (著) あの戦争にまったく勝ち筋はなかったのかと言われれば、たった一つだけあったというのが私の仮説である…

 

182ページの評論家・福井雄三氏の発言

太平洋における戦闘の記録を見ていると、海軍は果たして本当にまともに戦争をする気を持って戦っていたのかどうか、それすら疑わしくなってくる場面が多々あります。

補給線を無視し、戦線をどんどん拡大していって、南方の島々に陸軍を置き去りにしてしまった。

その結果、世界最強とうたわれた日本陸軍が補給を絶たれ、その実力を発揮できぬまま、南方の孤島で飢えと病気のために次々と命を落としていったのです。

 

↑この挙句、どういうことが起きたかと言えば、なんと日本陸軍が潜水艦を建造するという前代未聞の事象が発生したのである。

これはあくまで、日本陸軍は兵員輸送のために、日本海軍があまりにも不甲斐ないから考え付いた計画だ。

なんと、この追い込まれて日本陸軍が実施した潜水艦建造は、うまくいき、終戦までに38隻もの、使用に耐える潜水艦を作り出したのである。

 

本格的なお肉をご自宅で【やまなか家】



【THE KOBE CRUISE】

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