これは以前紹介した「黒人→白人→黄色人」(高野信夫)の回答とも思える書だ。
現生人類は約5万年前、アフリカで発生した。
黒人アフリカ人の突然変異によりアルピノが生まれ、被差別集団が形成された。
彼らは、差別に耐えかねてアフリカを脱出した。そして、北上し現代ヨーロッパ人の先祖となった。
そのままかどうかはわからないが、どうやらその地・アフリカで人類最古の文明を育んできたのはアフリカ人・黒人らしいのだ。
栽培植物の起源(ヤムイモのこと。稲すらアフリカ起源らしい)、遊牧・牧畜の起源、鉄鍛冶の始まり、どれも極めて説得力がある。
しかしそのどれも白人学者たちのバイアスがかかるものだから、誤ってアフリカを認識している可能性が高い。
嘘だらけのヨーロッパ製世界史 2007/岸田 秀 (著) 新書館 人類文明の母としてのアフリカ

最初の人類は黒人で、アフリカに発生したと一般に考えられている。
何万年前かは知らないが、黒人から白子(アルビノ)が大量に発生した。
この白子は、毛色が違っていたので、黒人から差別され、疎外され、肥沃なアフリカの地から北へと、貧しい寒冷の地、ヨーロッパへと追っ払われた。
そこで成立したのがヨーロッパ民族である。つまり、ヨーロッパ民族は人類最初の被差別民族であった。
ここに起因するヨーロッパ民族の劣等感がその後のヨーロッパの歴史を説明する。
人類の起源は『アフリカ単一起源説』がほぼ定説になっている。
遺伝的に、黒人から白人は発生するが、白人から黒人は発生しないという事実からすると著者の仮説は大変説得力を持つ。
果たして、アフリカの当時の住民は、農耕を発明するだけの主体的な条件、つまり、技術や社会組織をもっていたであろうか。
この条件も満たされなければ、白然環境の変化に対応した飛躍はむずかしい。
そして、この点は、ほとんどの学者によって、ぼんやりとしか語られていない。
ところが、アフリカ人こそが、当時の世界で、もっとも進歩的な文化をもっていたのである。
たとえば、オリエント起源説の権化のようなイギリス人の考古学者、ホィラーでさえ、旧石器時代におけるアフリカ大陸の先進性を認めている。この場合、紀元前1万年に近い時期を考えると、単に旧石器文化というよりも、狩猟文化の全盛時代とした方がよい。
そして、全世界から発見される狩猟用の飛び道具のすべてが、アフリカ大陸で発明された可能性が、ほぼ決定的なのである。
学者は、弓矢が、紀元前1万2000年頃、サハラで発明されたと認めている。それより古いものには投槍器がある。これはヤリを溝のついた棒にひっかけて飛ばすものであり、ニュージーランドやオーストラリアでは、現在も、主要な狩猟用具として使われている。
オーストラリアといえば、ブーメランが有名だが、これもアフリカにあった。東南アジアやアメリカで使われている吹矢も、アフリカにあった。
文化人類学者の川田順造は、西アフリカのギニア海岸で長期間の研究生活を送ったのだが、百聞は一見にしかずというおどろきを感じたらしく、つぎのように書いている。
「熱帯降雨林では、『栽培』というのは何よりもまず、植物の過剰な繁茂とのたたかいを意味する。……あぶら椰子やバナナなどの有用樹をまもるために、他の植物を、たえず『きりはらう』のである。……オアシスの椰子畑で、人が最もよく使う道具が、潅漑の水路を按配するための刃の幅の広い鍬であるのに対し、熱帯降雨林の大切な農具が、山刀であるというのも象徴性だ」(『マグレブ紀行』、p.22~23)
では、山刀に類するものを、紀元前1万年頃のアフリカ人は持っていただろうか。
もちろん、これもあった。
しかも、大変古くからあった。ザイール(コンゴ)盆地を中心に、サンゴアン様式とよばれる面面加工石器(刃の部分を両面からけずったもの)が沢山発掘されている。
その中には、木彫に用いられたらしいものとか、森林の伐採につかわれたらしいものとかがあり、なんと、この様式のはじまりは、約10万年前にもさかのぼることができる。
おそらく最初は、住居をつくる材木を切りだしたり、槍や弓矢をつくったりしたのであろう。そして、すでに紹介したように、石のオノも出土している。異常乾燥期のアフリカ人は、充分に熱帯降雨林地帯にいどむことができた。
たとえ中心部のジャングルに切りこむことはむずかしかったにしても、周辺部に農地を獲得する力量はもっていた。
シュレ=カナールは最近の急速な研究の前進を紹介し、つぎのように要約している。
「人間の進化のすべての段階が、それに対応する石器の進化のすべての段階とともに、とぎれることなく、年代的に連続してあらわれているところは、世界広しといえどもアフリカ以外にはない」(『黒アフリカ史』、p.60)
さて、学者たちは漠然と「人類の進化」と表現している。
ところが、「アフリカは人類そのものの源郷」と認めながらも、ホモ・サピエンスそのものの発生経過について、大変に奇妙な主張を押し通している。
これが第1の問題点である。どこが奇妙かというと、基本的には、ヨーロッパ人の「純粋性」を守り通したいという願望につきる。
この願望の表われは、学説史の経過をたどることによって、はっきりしてくる。
3大人種系株説なるものは、実際の発見に照らして考えるなら、ヨーロッパ型ホモ・サピエンス単元説の名残りでしかない。
セネガル人のディオプは、以上の諸発見が相ついだのちの1963年に、パリで、ある高名な学者が、つぎのようにのベるのを聞いたと、皮肉な調子で紹介している。
「ネグルとブロン《白色人》とジョウヌ《黄色人》との間の人種形質の相違は、あまりにも大きいから、4万年さかのぼってみたところで、あとの2者が、原始的ネグロイド形質のものからの亜種としてつくられたと想像するのは、馬鹿げている。
そのころには、3つの人種は当然、はっきりしたそれぞれの性格をもって、この地上に存在していたにちがいない。考古学はいつの日にか、最初のオーリニャック期のネグロイドと同じように古い、ブロンの化石人骨を発見すろであろう」(『黒色人文明の先行性』、p.15-16)
要するに、考古学上の証拠は、この「高名な学者」の希望を逆転する方向に積み重ねられているのである。
かつては、クロマニヨン人の化石のみをもとにして、ホモ・サピエンスのヨーロッパ起源を主張し、ピルトダウン人の偽造まで行ったヨーロッパ流人類学は、ここまでの破綻を示している。
「新石器時代に、毎年の氾濫にひたされていたサハラのどこかの地域には、農耕が発明されるための大きな機会があった」(『アフリカの歴史』、p.59)
つまり、サハラ先史美術の発見は、農耕文化のサハラ起源説までみちびきだした。もちろん、サハラ先史美術、農耕・牧畜・新石器文化の発見についても、ただちに、年代の引き下げ、外部からの影響を論ずる学者は出現した。
たとえば、イギリスの考古学者、アーケルは、すべてのアフリカ文化を、エジプトからスーダンのクシュ帝国を通って伝播したかのように主張する。
彼によれば、クシュ帝国の文化の中で、価値のあるもののすべては、エジプト人による征服によって伝えられたということになっている。彼はその時代を、紀元前約1500年という、非常に遅い時期に設定し、つぎのように主張している。
「この時代のエジプト芸術に、アフリカの黒人や猿がひんぱんに表わされていることは、黒人の居住する地方とエジプトとの接触が当時初めてなされたものであることを明瞭に物語っている。
それ故、私の考えでは、沙漠地帯以南の岩面絵画のほとんどすべては、紀元前およそ1500年以前にはさかのぼりえないものであり、この時代にエジプト人がクシュの国に築いた神殿の壁の装飾が、アフリカ人に絵を描くという観念をはじめてもたらしたように思われる」(『アフリカ史の曙』、p.17~18)
「サハラ先史美術」 「タッシリ文明」最新情報 『日本経済新聞』(2001.5.7.夕)
「あすへの話題」欄 タッシリ文明 松浦 晃一郎 (ユネスコ事務局長)
タッシリの中心地であるジャネ市の博物館はまだ小さい博物館であるが、旧石器時代の石器から始まり発掘物がきちんと展示してある。地元の考古学者の説明によれば一番古い彫刻は紀元前1万1000年のもので、これは旧石器時代の最後にあたる。新石器時代が紀元前1万年から始まり、それから約1万年にわたる彫刻や岩絵が1万5000点以上、タッシリに存在するという。
この地の遺物は紀元前6000年以降と従来言われていたが、それよりもさらに5000年さかのぼる。時代測定がより正確になり、以前言われていたよりも古いことが判明したということであった。
1960年代も後半になってから「ブラックアテネ」(マーティン・バナール)という同趣旨の本がやっとイギリスのユダヤ人によって書かれることになる。
エジプト文明は黒人によって作られ、初期のギリシャ文明もまた植民した黒人によって築かれた。ゲーテの愛した、ニーチェの愛したギリシャ文明が黒人によって!?
反発も凄く、大論争を巻き起こし、現在も継続中である。
やり取りを見ていて感じるのはヒトラーの影響のものすごさである。
白人たちは生理的な反発を感じ、「ブラックアテネ」を攻撃したいが、ここは21世紀である(笑)。
そういう面も日本人としての読みどころである。
日本からのトップレビュー
海 星5つ中5つ 素朴な疑問に対する一つの答え。
2011年6月25日に日本でレビュー済み
ヨーロッパ・アメリカ系の学者は、古代エジプト人をハム系の白色人種だと主張しエジプト文明はオリエントから伝わったとする。
しかし、ヘロドトスは、「黒い」人種として描いている、当然の如くに。
ところが、現代の学界を支配している上記の人たちは当然のように「白色人種」中心の結論が先にあるのだ。そのため、古記録の解釈も誤解と曲解がまかり通っている。
それが、アフリカ文化・文明の外来起源説となり暗黒大陸に貶められた。
日本人学者も殆んどがこれに追従している。
アフリカ大陸には古代遺跡も多く、ダム、水道、灌漑工事もなされていた。鉄をはじめとする鉱山跡が数十万箇所もある。
鉄の融解と熱処理の最初の発明者という有力な説もある。
そして、エジプトの統一は上エジプト(南)から成されている。(この文化には二重構造が認められる)
つい最近までヨーロッパ人は黒色住民をブラックムーアかエチオピアン(現在のそれとは無関係)と呼んでいた。ニグロとはポルトガル人の奴隷商人が使った言葉である。
象徴的な図がある。大スフィンクスのスケッチ二枚である。(一枚は表紙に使用されている)
エンゲルスと仏の調査隊が描いたものである。これが白色人種であろうか。
他に、第二王朝のファラオ、第十八王朝の王妃の図像もある。同様である。
アフリカ大陸という人類発祥の地である巨大大陸における気候、動植物、歴史や農耕、牧畜、金属文化等の起源及び古記録を考察しその結果、古代エジプト人は黒色人種とする論考である。
ギリシャ・ローマ文明(自らの姿を黒い巻毛、褐色の肌に描いていた。また、ギリシャ神話はアフリカ大陸を中心としている)とは、何であったかという疑問が沸いてくる。
近代を支配したヨーロッパは、ギリシャ・ローマ文明から始めるがアラビアの歴史家は別の見解を持っていることだろう。
歴史は、勝者が作る。捏造も造作もお手の物である。
そして、人は容易く引っ掛かってしまう。
人種の起源についての考察も実に面白い。
南京大虐殺インチキウソ話について、素晴らしい書き込みを発見!! これは凄い 我が意を得たり!それでも「南京大虐殺はあった」と反論する人たちのコメントを紹介 歴史ラヂオ チャンネル登録者数 2.73万人

ノーマンは、昭和12年に支那事変が始まると、スメドレーの親友で戦後「女性開放」運動に影響を与えたアメリカ共産党員の石垣綾子やキョ朝鼎、
また都留らとともに、アメリカ国内で反日、反戦活動を繰り広げた。
日本に石油を売ってはならない、中国を侵略している日本を孤立させていこう、と呼びかける反日集会を二ユーヨーク・ボストン・フィラデルフィアなど東部の主要都市で開催し、
昭和14年のアメリカによる日米通商航海条約破棄を大きく後押ししたのだ。
↑これは驚きの告発ではないか?? 都留重人とかアメリカ共産党員の石垣綾子とか、そういう連中が戦後の朝日岩波文化人として、日本下げに邁進していたわけだ。
あまりにも素晴らしいので、再度貼っておく(笑) ↓
@bluehawaii0007
7 時間前
日本人の中にも、「南京事件はあった」と言う連中がいるが、本当に愚か者だよ。
自分で詳しく調べもせず、中国やアメリカが言うから「数の違いはあったとしても、ある程度はあったのでは?」と言う中間をとる意見は特に馬鹿者。
詳しく調べていなければ、「わからない」と言うべき。
私がこう言うのは、これら日本人の意見が、この南京事件の復讐を正当化させ、今の中国人の中にかなりの数の者が「核ミサイルを多数撃ち込んでやればいい」と言う暴論を正当化する意見の一翼を担っているからだ。
中国人は、「真実を知りたくて」南京事件を言っているものなどほとんどいない。連中は、嘘でもなんでもいいから、日本人を絶滅させたいと言う悪の怨念に満ちてるんだよ。
↑南京大虐殺インチキウソ話については、2重の意味で愚かである。
まずは何より、発生元がおかしい点… あり得ないことだ…
愚かなのは、重要なのは、2点目
南京大虐殺インチキ話があったという日本人たちへ
あなたたちは、シナ人というものの特性を理解していない!!!
中国人は、「真実を知りたくて」南京事件を言っているものなどほとんどいない。連中は、嘘でもなんでもいいから、日本人を絶滅させたいと言う悪の怨念に満ちてるんだよ。
併せて読みたい
ブラック・アテナ―古代ギリシア文明のアフロ・アジア的ルーツ〈1〉古代ギリシアの捏造1785‐1985 (グローバルネットワーク21“人類再生シリーズ”) 2007/4/1
マーティン バナール (著), Martin Bernal (原名), 片岡 幸彦 (翻訳) 藤原書店

海 星5つ中5つ 勝者が創った歴史の否定。
2019年4月12日に日本でレビュー済み
歴史は、誰も目撃できない。従って、勝者が創ることになっている。
それは、敗戦後の日本の歴史を顧みればよい。
黒人アフリカ人の突然変異により白化が生まれ、差別集団が形成された。
彼らは、差別に耐えかねてアフリカを脱出した。
そして、北上し現代ヨーロッパ人の先祖となった。
その流れの一つに、アルタイ山脈を越えその後、更に東に展開した集団があった。アジア系の先祖である。
途中、南下した集団はインド亜大陸に定住した。肌の色は、暗褐色となった。現代インド・アーリア人の先祖である。
古代ギリシャ人は、アフリカ大陸に近くフェニキア・エジプト起源で暗褐色であった。金髪碧眼ではなかった。
この説の根拠は、考古学・言語学・神話・文献等総合した結論であり相当の妥当性がある。
但し、歴史の浅い西欧人はギリシャ文明・文化を自らの文明・文化の起源と位置付けている。自らの正当性を示すため出来るだけ古い根拠が欲しいのである。
西欧は現代の勝者であり、それが偽造であっても不思議ではない。
但し、ヨーロッパ文明の没落があれば又、別の歴史が創られ保証の限りではない。
著者は、イギリスの高名な歴史学者であるがその勇気を讃えたい。アングロサクソンの強さを見る。
そしてその根拠は、ギリシャ語・ヘブライ語・フェニキア語といったアフロ・アジア語族の共通性である。
日本の敗戦後の歴史は、大東亜戦争が太平洋戦争と変わったように、「自虐史観」が今も尚、幅を利かせている。
現在、70数年経過してやっと、そこから脱出する傾向が出てきたところである。
『黒いアテナ』批判に答える (上) 2012 マーティン・バナール (著), 金井和子 (翻訳) 藤原書店

アフリカ大陸史を読み直す〈第1巻〉古代文明の母 2007木村 愛二 (著) 社会評論社
「黒人→白人→黄色人」(高野信夫) 三一書房 1977 ← 一部でトンデモ本扱いされているが、そう言ってる連中がトンデモ。真実はいつも新しい。

白人の出現は、黒人からの突然変異で説明できる。
黒人の両親から白子(アルビノ)とよばれる色素を作る能力を欠いた子どもが生まれることがある。
この白子が迫害され、白子だけで群れを作ったのが白人の始まりだ。
この絶対に認めたくない事実を突きつけられた白人は、白子の研究から一斉に手を引いた。
そして、「人類は肌の色に関係なく、みな同じだ、だから白子の研究をする人間は頭がおかしいか、とんでもない差別主義者だ」という風潮を作りあげようと躍起になっているらしい。
↑今回、改めて読み返したが、高野信夫氏、まさしく天才というにふさわしい… もっともっと知られるべき…
本作はインターネットで全文公開されている。ありがたいことである。ご興味のある方は検索してみることを進める。
私自身、20年くらい前に古本屋で購入してから繰り返し読んでいる愛着ある本である。
これを処女作で書き上げた著者の熱意には感服する。
木村 愛二(きむら あいじ、1937年〈昭和12年〉1月17日 – 2020年〈令和2年〉12月17日)は、日本のジャーナリスト、ホロコースト否定論者。木村書店代表。歴史見直し研究会代表。筆名に征矢野仁、徳永正樹。
来歴・人物
東京府生まれ。幼時を北京で過ごし、日本敗戦後の1946年に家族で中国から引き揚げた。大陸で、日本人収容所の収容所生活を経験している。帰国後、防衛大学校に入学する(第3期生)も、1955年に中退。東京大学に再入学する。1960年の60年安保の際には、国会へのデモに参加し、国会の南門を開ける役割を果たしている。また、この際に犠牲となった樺美智子を知る一人でもある(「樺美智子は、普段はデモに来なかったのに、あの日に限ってデモに来た」と、60年安保40周年を記念して開かれた討論会で回想している)。
1961年、文学部英文学科卒業。同年、日本テレビに入社、編成局、広報部、調査部などに勤務。その傍ら日本テレビの労働組合で活動し[1]、日本共産党に入る[2](のちに離党)。
1972年、労使紛争により解雇されたことを不服として会社側を提訴。1988年に和解後退職。以後フリーランスとなる。メディア問題、古代アフリカ史問題、佐川急便問題などの著作を発表する。
翻って、我が日本をとりまくこの問題を考えてみたい。
私は、「人類アフリカ発生説」というのは、黒人と白人種には当てはまるが、いわゆる黄色人種には当てはまらないと思ってる。
何故かいえば、黒人と黄色人種が違いすぎるから…
@nexrei
1 か月前(編集済み)
帰国子女でアメリカに10代10年住んでいた自分の個人的意見ではあるが、白人も黒人も全く別の種としか想えない。白人は顔の作りからそうだし、黒人は肌の色もあそこの大きさも髪の毛のチリチリ具合も、とても同じ人間には想えなかったです。猿人・原人・旧人にも同じことが云える気がしてなりません・・・
セネガル人のディオプは、以上の諸発見が相ついだのちの1963年に、パリで、ある高名な学者が、つぎのようにのベるのを聞いたと、皮肉な調子で紹介している。
「ネグルとブロン《白色人》とジョウヌ《黄色人》との間の人種形質の相違は、あまりにも大きいから、4万年さかのぼってみたところで、あとの2者が、原始的ネグロイド形質のものからの亜種としてつくられたと想像するのは、馬鹿げている。
↑この白人の言うことは、半分は正しい…
だいたい、この世に人種というものが生まれたのは、たかだか3万年くらい前だそうだ。あの、アフリカ黒人が「進化して」(笑)、黄色人種になったという説にはまったく納得できない。
最新DNA解析で判明…アカデミズムに不都合な日本人の起源
居島一平と学ぶ歴史見聞録【月刊歴史塾公式】 チャンネル登録者数 2.95万人
20,073回視聴 2026/08/18に公開済み
⭐️動画の続きはこちらから↓
https://dpub.jp/products/13156450/index/
@カフェ宇宙-p3o
3 時間前(編集済み)
まず学会に言いたい、縄文人のどこが「古モンゴロイド」なのよ?モンゴルで寒冷地適応した形跡が無いのが縄文人でしょ?縄文人も中国韓国人と同じルーツと錯覚させたいから「モンゴロイド」なんて言ってるの?確かに中国韓国人はモンゴルで寒冷地適応した形跡がガッツリ人相や骨格に出てるよ。間違いなくモンゴルで進化したモンゴロイドだね。でも縄文人のどこに「モンゴル寒冷地適応」の足跡がある?どこにもないよ?ならばなぜモンゴロイドと呼ぶ?「ジョウモニアン」とでも呼ぶべきだろ、もしくは、海岸線沿いに伝った初めのアジア人だから「古アジアン」とか「コースタルピープル」とか呼ぶべきだろ。全くモンゴルの要素はない
@tohantoro
12 時間前
朝鮮半島経由でそんなに人間がバカスカ来られるなら、日本なんてシナ王朝に簡単に領有されてるよ
黒潮に乗ったほうが主流なんて小学生でも推測できるよね
@user-xx6ju9cj8s
1 日前
島根県の砂原遺跡から12万年前に列島に人類が来ていたのは明らか。(入口遺跡、金取遺跡等10万年前までに列島に拡散)一次出アフリカは12万年以上前のY-D系統で、その後の7万年前の出アフリカのY-O系統が大陸を支配したが、高地適応で残ったチベット、黒潮、対馬海流で守られた列島はY-Dが残ったということですね。
3万年以上前から(前)縄文人が神津島や南西諸島にも進出していて、高度な航海技術を駆使して黒潮を越えて海外進出していたことも明らかで、曾畑式土器の分布などからも縄文文化が東南アジアに拡散していたのも明らか。また、菜畑遺跡から縄文人が水田稲作をしていたのも明らかで、従来の考古学会の(前)縄文人を舐め切った妄想垂れ流しの従来学説は本当にひどいものですね。酸性土壌で古い遺跡が出てこないのが厳しい所ではありますが。
「人類文明の起源は99%日本です」最新AIが暴いた本当の人類史…AIが発見した考古学者が驚愕した証拠とは【都市伝説】
くろの【都市伝説】チャンネル登録者数 12万人
136,231回視聴 2026/03/25 #怖い話 #都市伝説 #雑学
今回は、「日本が世界を作った」最新AIが発見した海底遺跡…日本が文明の起源という証拠が出土…遺跡の記号が神社と完全一致について話してみました。
皆さんはこの話を聞いてどう思いますか?
是非コメント欄で教えてくだちい。
0:00 プロローグ
0:33 四大文明という常識はなぜ揺らぎ始めたのか
4:15 AIアルテミスが告げた誰も予想しなかった結論
10:18 なぜ日本だけが「記憶」を失わなかったのか
16:37 AIが指した座標の海底にそれは眠っていた
21:42 文明とは何か…AIが人類に残した最後の言葉
百貨店取扱実績No1の使い終えたランドセルのリメイク【Askalカバン工房】
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科学の人種主義とたたかう: 人種概念の起源から最新のゲノム科学まで 2020/5/25アンジェラ・サイニー (著), 東郷えりか (翻訳)作品社 この著者に我が天才・高野信夫のことを教えてあげた…

大東亜戦争は人種解放戦争だった! ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」 (みすず書房) 2018/ジェイムズ・Q・ウィットマン (著)

アメリカ合衆国の人種法と市民権法が、ニュルンベルク法を生み出した。
アメリカがヒトラーのジェノサイド政策に与えた影響を、史料から丹念に掘り起した画期的業績。
法と歴史の狭間から、豊富な史料を駆使して、人種法における世界の「リーダー」たるアメリカ、さらにアメリカそのものに深く根付いた人種主義をあぶりだした、初めての試み。
ルーズベルト大統領は日本を本気で滅ぼそうと考えていた。
だからこそ原子爆弾を使うことを決断したし、 当初は18発の原爆を投下する予定だった。
(15年位前のワシントンポストでスクープあり)
1943年、秘密予算で議会に内緒で製造が開始された原爆投下の目標がトラック島の日本連合艦隊であると判明
これに対し、亡命ユダヤ人物理学者らが猛抗議
ナチスドイツに対抗して協力してるのに日本の軍艦が投下目標とはどういうことだというわけである
けっきょく、テニアン島に3発目の原爆を運搬途中の米海軍重巡インディアナポリスが日本海軍のイ号潜水艦に撃沈されなどして2発に落ち着いたらしい
部品を運搬してただけ… 広島原爆はじつはナチス製(実験してない!)… 諸説あるが…
国家統合に「民族」を使えず、 実質的に白人優位の社会だったアメリカにとっては
「有色人種の開放」を訴えた日本は危険な存在だったんだよ。
優性思想にはヒトラーだけでなく、フランクリン・ルーズベルトもハマってたからな。
人種をもとにした内乱ほど恐ろしいものは無い。
第一次大戦の「人種差別撤廃条約」に反対したのも、 イギリスでありアメリカだった。
つまるところ、日本は最も痛いところを突いたという話だよ。
↑日本人(ちょうせんじんも混じってるから厄介だ)の反日バカサヨクのいわゆる「歴史修正主義」をいう人たちがとても滑稽なのは、常に白人の目線で物を言って、批判してくる点だ。
【日本は宝石のような国です】日本列島に最初に来た人類/人類アフリカ起源説は間違い、人類同時多発説が正しい

なかで言ってる、「4,5万年前に」というのがポイントである。
なんと、岩手県遠野市の金取遺跡 9万年前 !!
島根県出雲市の砂原遺跡 12万年前 !!
長崎県 平戸市 入口遺跡 10万年前 !!
これらはすべて、4万年前にアフリカを出て世界に人類が拡散したという、いわゆるアフリカ単一起源説を完全に否定するものである。
現に、日本旧石器学会のホームページにはこれらの遺跡は記載されていない。
まだ、学界から認められていないということだ。
しかし、調べてみると、この日本列島には現在、20か所にも及ぼうとする、5万年をさかのぼる遺跡があるという事実!!
認めざる得ないのは時間の問題ではないか?

