新大東亜戦争肯定論 2025/7/27 橋本琴絵 (著) ワック 感心したのは、その知識の豊富さよ…ソフトカバーでこれ、凄すぎる。新たな、ディーバ(女神)の誕生だ!

健康 古代史 時事一般

 

若き母が「日本人を復活させたい」一心で書いた心ゆさぶる名著!

「私は今、6人の子供を育てています。
あの日、空に散り、海に漬かり、山で草むし、沼に沈み、川に流され、
野に斃れた230万の息子と娘たちは、何のためにその尊き命を捧げられた
のでしょうか。
それを私はこの本で書きたかったのです」(橋本琴絵)

<目次>
第1部 自衛権の行使だった大東亜戦争
1章 幣原外交から芽生えた政治不信
2章 経済失政から芽生えた政党不信
3章 敵としてのアメリカ登場
4章 アメリカと中国の性根の悪さ

第2部 日本は戦争目的を達成している
 5章 正義の執行たる大東亜戦争

6章 アジア独立の力となった日本軍将兵

第3部 「正しい歴史認識」が日本人を覚醒させる
 7章 欧米による人種差別からの解放戦争

日本は戦争で大惨禍を被り、領土も市場も失った。
しかし戦前植民地だらけだった世界地図は、戦後独立国に様変わりし、
人種差別も悪となし得た。

橋本琴絵

評論家。昭和63年(1988年)11月生まれ。広島県尾道市出身。広島大学附属福山中学校、同福山高等学校卒、九州大学卒、英国立バッキンガムシャーニュー大学院卒業。6児の母。保守派の言論人として月刊WiLLなどで執筆。

座右の銘は『善人がただ何もしないでいるだけで、悪が栄えることになる』

 

今こそ核抑止力の拡大を」 被爆3世の女性が訴え – 産経ニュース今こそ核抑止力の拡大を」 被爆3世の女性が訴え – 産経ニュース

 

かつて林房雄の書いた問題作と同じタイトルをもつこの本を読んでいて感心したのは、その知識の深さである。大正時代の日本政党史の流れ、やがて世界恐慌が発生してアメリカが貿易をブロックして、スムート・ホーリー法を設定して日本を締め出すまでが丁寧に描かれる。

 

天皇の起原 (林房雄コレクション 2) 2002/林 房雄 (著) 夏目書房 大東亜戦争肯定論 (中公文庫 は 68-1) 2014/林 房雄 (著)

天皇の起原 (林房雄コレクション 2) 2002/林 房雄 (著) 夏目書房 大東亜戦争肯定論 (中公文庫 は 68-1) 2014/林 房雄 (著)
天皇の起原 (林房雄コレクション 2) 2002/9/1林 房雄 (著) 夏目書房 大東亜戦争肯定論 (中公文庫 は 68-1) 2014/11/21林 房雄 (著)

 

大恐慌: 1929年の記録 (中公新書 23) 1963/D.A.シャノン (著), 中央公論新社 アンチ日本の、ソ連のスパイだらけの反日アメリカ民主党・ルーズベルト政権がなぜ生まれたのかがよくわかる怖い本…

大恐慌: 1929年の記録 (中公新書 23) 1963/D.A.シャノン (著), 中央公論新社 アンチ日本の、ソ連のスパイだらけの反日アメリカ民主党・ルーズベルト政権がなぜ生まれたのかがよくわかる怖い本…
大恐慌: 1929年の記録 (中公新書 23) 1963/D.A.シャノン (著), 玉野井 芳郎 (翻訳), 清水 知久 (翻訳)中央公論新社 アンチ日本の、ソ連のスパイだらけの反日アメリカ民主党・ルーズベルト政権がなぜ生まれたのかがよくわかる怖い本…

 

両大国間の”自由貿易”時代に、なぜか日本に集中した「貿易差別」の実態を初めて明かした問題提起の書。 「対日経済封鎖」(池田美智子)1992 (日本経済新聞出版)

両大国間の"自由貿易"時代に、なぜか日本に集中した「貿易差別」の実態を初めて明かした問題提起の書。 「対日経済封鎖」(池田美智子)1992 (日本経済新聞出版)
両大国間の"自由貿易"時代に、なぜか日本に集中した「貿易差別」の実態を初めて明かした問題提起の書。 「対日経済封鎖」(池田美智子)1992 (日本経済新聞出版)

 

1000パーセント、欧米がわるい…

スムート・ホーリー法(スムート・ホーリーほう、Smoot-Hawley Tariff Act)は、

ホーリー・スムート法(Hawley-Smoot Tariff Act)の名でも知られ、アメリカが1930年6月17日に成立した関税に関する法律であり、
20,000品目以上の輸入品に関するアメリカの関税を記録的な高さに引き上げた。多くの国は米国の商品に高い関税率をかけて報復し、
アメリカの輸出入は半分以下に落ち込んだ。一部の経済学者と歴史家はこの関税法が大恐慌の深刻さを拡大した、あるいはそれ自体を引き起こしたと主張している。

 

建国神話の社会史-虚偽と史実の境界 (中公選書 102) 2020/古川 隆久 (著) 中央公論新社

建国神話の社会史-虚偽と史実の境界 (中公選書 102) 2020/古川 隆久 (著) 中央公論新社
天照大神の孫が高天原から降臨し、その孫である神武天皇がヤマトに東征、橿原宮で天皇の位に就く――『古事記』『日本書紀』に記されたこれらの神話が歴史的事実ではないことは、戦前の普通の々にとっても当たり前のことであった。史実ではないが、史実として...

 

白人種が作った秩序のなかに日本はいた…
たった一人で…

そのことを考察せず、日本国内の状況だけで説明しようとしてる。
それは無理がある。

今では日本でも観光名所として有名なサンフランシスコだが、戦前、この地から排日が始まったと
知っている日本人は少ないのではないだろうか。

日露戦争の1年後の1906年4月18日早朝この町を大地震が襲った。世にいう「サンフランシスコ大地震」であるが、律儀な日本人は義捐金として24万ドル≒50億円超をこの町に贈った。

この金額は、その他各国の援助金の総額より多かったのだが、アメリカの日本へのお返しは同じ1906年にサンフランシスコの条例として定められた「日本人(日系を含む)」の隔離教育だった。

 

地震による校舎崩壊による整理集合というのが表向きの理由だが、たった百人
ぐらいの学童を、無理に東洋人学校にまとめる必要性は全くなかったと言われている。

これは、セオドアルーズベルト大統領の異例の指示で1年で廃止されはしたが、地震の
翌年、1907年には、この地で「反日暴動」が起き、日本人コミュニティーは甚大な被害を被っている。

さらに1908年には、日米紳士協定という名の実質的移民制限処置が行われている。

 

ーーーそれでも日本は日米友好を信じ、1909年にワシントンへ桜を贈っている。

不幸にも害虫によって最初の桜は焼却処分にされてしまったが、駆除方法を完璧にして、1912年に再度桜が贈られている。

これが今有名なポトマック河畔の桜である。

 

そのお返しにと頂戴したのが、1913年の「外国人排除法」である。

これは別名、「カリフォルニア排日土地法」ともいわれるものだが、要は子々
孫々日系人には土地を売らない、持たせない、という法律である。

その後も次々と日本を締め出す政策が取られているが、第一次世界大戦で米兵
として活躍した日系兵士が、やっと手に入れた帰化権や既に帰化している日本
人の権利まで剥奪するということを平気で行っている。

 

 

これが彼らのいう「民主主義」である。 怒り!!!!
この当時の民主主義は白人のものであって、黄色人種や黒人のものではなかったのである。

1919(大正8)年、カリフォルニア州上院議員J・M・インマンを中心に排日諸団体が集まって
カリフォルニア州排日協会が作られ、9月にスタックトン市で第一回大会を開き、
以下の5項目を要求していくことを決議した。

1.紳士協約を廃止する
2.日本人移民を絶対に禁止する
3.写真結婚を廃止する
4.東洋人移民を永久的に禁止する法律を制定する
5.憲法修正14条を修正し、米国に生まれても親が帰化不可能外国人の場合には市民権を得られないようにする

1920(大正9)年8月には8万5000人の署名が集まり、住民の提案による立法化の請願が成立した。

11月の一般投票で、賛成66万、反対22万という圧倒的多数によって提案は承認され、外国人土地法が改正された。

これで帰化権のない日本人移民は借地もできなくなり、また子供名義で土地を購入することもできなくなった。

1942年2月19日、フランクリン・ルーズベルト大統領は行政命令9066号に署名、この命令により、12万人の日系人が強制収容所に送られることになる。

 

■1898年、日本の抗議にもかかわらず、米国が謀略によってハワイ王国を併合。

■1899年~1903年、アメリカ・フィリピン戦争。米国がスペインから独立させたフィリピンを植民地に。

■1919年、日本は国際連盟規約宣言の中に人種平等の原則(人種差別撤廃条項)を挿入することを提案し、17票中11票の賛成を得たが、委員長ウィルソン大統領(米)は、「斯かる決議には全員一致を要する」との理由で拒絶。
http://jp.youtube.com/watch?v=L7KN5h8YHrE

■1922年、アメリカ最高裁が「黄色人種(日本人)の帰化権はない」と判決。
すでに帰化した日本人の権利まで剥奪できるとした。

■1924年、「絶対的排日移民法」が成立。
米国は、ヨーロッパからは毎年何十万人もの移民を入れていた時、日本人移民を一人も入れない法律を作った。

■1939年3月、米国は、支那が軍用機や発動機を購入のために1500万ドルを借款

■1939年7月26日、米国が日米通商航海条約を破棄

■1940年1月4日、米国が錫、屑鉄の対日輸出額を前年度の半分にすると通告

■1940年6月5日、米国が工作機械の対日輸出を禁止

■1940年7月31日、米国が航空機用ガソリンの東半球への輸出を禁止
■1940年9月26日、米国が屑鉄の輸出を全面禁止

■1940年9月25日、米国が重慶政権に2500万ドルの借款
■1940年11月3日、米大統領が重慶政権に更に5000万ドルの追加借款
■1940年12月2日、米国が蒋介石の重慶政府に一億ドルの借款供与

■1941年3月31日、ルーズベルト大統領が提出した武器貸与法案が成立。米海軍が護衛する輸送船団により連合国へ武器供与を開始

■1941年7月23日、ルーズベルト大統領など米国首脳がフライング・タイガーによる日本本土爆撃計画に署名

■1941年7月25日、在米日本資産を凍結

■1941年8月1日、米国が対日石油輸出を全面禁止

■1941年11月26日、ハルノート提示

■1941年12月7日、真珠湾攻撃

 

昭和天皇は戦後の回想(昭和天皇独白録1990)の中で、このように述べている。

「私がもし開戦の決定に対して、『ベトー』をしたとしよう。
国内は必ず大内乱になり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証できない。それは良いとしても結局、凶暴な戦争が開始され展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われ、果ては終戦もできかねる始末となり、日本は亡びることになったであろうと思う」

『ベトー』とは、ラテン語の拒絶を意味し、もし、自分が戦争に反対すれば、殺されていただろう、戦争を押しとどめることは、誰にもできなかったというのである。

 

我が国の戦後社会では「ハル・ノートを受け入れても開戦すべきではなかった」という人たちがいる。
そうしていたら300万人の犠牲も、全土を焦土とすることもなく済んだ、というのである。
当時の世界の経済機構はブロック経済である。各国の経済活動は自らが支配する経済圏を基盤になされていた。
もし我が国がハル・ノートを受け入れてたら、どうなっていたであろうか。

資源もない日本で、原料輸入にも製品輸出にも、食料輸入すらにも不自由するブロック経済機構を背景にくらさねばならないのである。
腰をかがめて貧しい生活に耐えていくか、不満分子が暴発するか、暴力革命でも起こってソ連の手下になったか、
いずれにしても社会的混乱は避けられなかったであろう。

社会主義国にでもなっていたら、その過程で幾百万の生命が絶たれ、幾千万が収容所に送られたか想像もつかない。
大東亜戦争の結果、アジア植民地の19世紀的構造は破壊された。それは欧州のブロック経済機構の崩壊を意味する。
勝利した連合国すら世界経済機構へ進まざるを得なくなったのである。

我が国は、食料輸入も原材料輸入も、そして製品輸出も可能になった。
我が国の世界第二の経済大国への道は、その世界経済機構を基盤に開けた。
300万人の犠牲も、全土を焦土にしたことも、決して無駄のみとは切り捨てられないのである。

「戦争に負けてよかった。そのために現在の世界第ニの経済大国ができた」などという者がいる。
思わざるも甚だしい。負けたから経済大国が出現したのではない。
経済大国が出来たのは、陸軍を主体とした南方作戦に勝ったからである。
それがブロック経済機構を破壊して、世界経済機構に移行せしめたからである。

『帝国海軍「失敗」の研究』 佐藤晃 芙蓉書房出版 2000/8/1

 

見事な分析である。これに付け加えて、マッカーサーの胸中を推察したい。

マッカーサーは厚木に降り立ったときから、とにかく、相当ビビっていたに違いないと思う。
「マッカーサーは厚木に降り立ったとき、失禁していた」(高山正之氏エッセイ)

バターン死の行進なども、いつの間にか、日本軍が悪いということになってるが、もとはと言えば、マッカーサーがコレヒドールの戦闘を放棄して自分だけで逃げ出したことに由来する。

オキナワ(バックナー中将爆死)、カミカゼ、硫黄島、タラワ、ペリリュー島……。

キチガイじみた戦いぶりの、昭和天皇は何といっても最高司令官様である。
キル・ジョンウンか臭菌平を数等倍上回る悪魔キャラを想像してたに違いない。

ところが、会ってみて……。
混乱して信じられなかったに違いない。

あと、大切なこと。

人種差別の世界だったということ。

みんな忘れてるが、人種差別というもの厄介なもの。

 

昭和天皇は戦後の回想(昭和天皇独白録)の中で戦争の遠因として以下のように述べています。

「この原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦後の平和条約の内容に伏在している。
日本の主張した人種平等案は列国の容認する処とならず、黄白の差別感は依然残存し加州(カリフォルニア)移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに十分なものである。又青島還付を強いられたこと亦然りである。
かかる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上がった時に、之を抑へることは容易な業ではない」

 

人種偏見、差別の強い白いアメリカで黒人の次に日系米人は強い差別を受けていた。

大正13年5月31日 アメリカ大使館に隣接する空き地で割腹の自刃を遂げた無名の青年がいました。
アメリカ国内では「反日機運」が強くなり、その年の4月に「排日移民法」が成立したことに対して、「生きて永く貴国人に怨みを含むより、死して貴国より伝えられたる博愛の教義を研究し、聖基督の批判を仰ぎ、併せて聖基督により、貴国人民の反省を求め…」と遺書を残しアメリカに抗議しての自決でした。

↑黒人の大統領が出てきたり、今じゃ考えられないだろ、こんなの。騙しだまし、やってきたけど、堪忍袋の緒が切れったってところか。


有色人種(全アジア人)が「人間」であることが認められたのは、

大東亜戦争が人種解放戦争だったからだ !

先人の偉業に感謝…

靖国神社にいきましょう。

日本は、「東亜百年戦争」を戦ったのである。(「大東亜戦争肯定論」林房雄)

日米は、まったく別の戦争をした…

アメリカ  → 人種差別戦争

大日本帝国 → 亜細亜解放戦争(聖戦)

 

大東亜戦争は人種解放戦争だった! ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」 (みすず書房) 2018/ジェイムズ・Q・ウィットマン (著)

大東亜戦争は人種解放戦争だった! ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」 (みすず書房) 2018/ジェイムズ・Q・ウィットマン (著)
大東亜戦争は人種解放戦争だった! ヒトラーのモデルはアメリカだった

 

日本が戦争に至った理由でもっともくだらないと思うのは、主に反日バカ左翼勢力どもが、必死こいて始終やってる「統帥権の干犯」なるもの(笑)

それが戦争の理由じゃないだろ、と言いたくなる。

こいつら(反日バカ左翼勢力)、アホだろ。

日本が戦争に至った理由で私が確信持って言えるのは、人種差別とブロック経済、そして共産主義の浸透が怖かった…

 

敗戦は罪なのか オランダ判事レーリンクの東京裁判日記 三井 美奈 2021 産経新聞出版 “第2のパル”が見た日本人と「勝者の裁判」

敗戦は罪なのか オランダ判事レーリンクの東京裁判日記 三井 美奈 2021 産経新聞出版 “第2のパル"が見た日本人と「勝者の裁判」
敗戦は罪なのか オランダ判事レーリンクの東京裁判日記 三井 美奈 2021 産経新聞出版 “第2のパル"が見た日本人と「勝者の裁判」

 

手続き上にも問題がいくつかあり、不公平な点がありました。

一例をあげると、中国における共産主義の脅威があった事を立証する機会を与えてほしい、との求めが被告側から出されました。

そうした脅威があった為に、日本は行動を起こしたと立証しようとしたのです。

ドイツの場合は、ヨーロッパ大陸での大国になろうとして戦争に突入していったのですが、日本は、これとは違います。

結局、裁判では、立証の機会は認められませんでしたが、アンフェアだったと思っています。

 

日中戦争が始まった年である1937年10月、当時のローマ法王で平和主義者として知られる ピオ11世(在位1922-39)がこの日本の行動に理解を示し、全世界のカトリック教徒に対して日本軍への協力を呼びかけています。

Pope Pius XI (1857-1939). (Photo by © Hulton-Deutsch Collection/CORBIS/Corbis via Getty Images)

法王は、「日本の行動は、侵略ではない。日本は中国を守ろうとしているのである。
日本は共産主義を排除するために戦っている。共産主義が存在する限り、全世界のカトリック教会、 信徒は、遠慮なく日本軍に協力せよ」といった内容の声明を出しました。 この声明は当時の日本でも報道されました(「東京朝日新聞」夕刊、昭和12年10月16日および17日)

 

東条英機の功績↓↓

★「ドイツ国民」であるユダヤ系市民を、市民生活から引きずり出して大虐殺したドイツ人

★縁もゆかりもない、そんな気の毒なユダヤ人を2万人以上救ってる大日本帝国

ユダヤ人女性、73年ぶり判明=「私を思い出して」と写真託す-杉原ビザで脱出
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2014042000074

リトアニア・カウナス駐在の杉原千畝領事代理から「命のビザ」を受け、欧州を脱出した
ユダヤ人多数が1940~41年、日本の定期船でソ連(当時)ウラジオストクから
福井県敦賀へ運ばれたが、その際、感謝を込めて担当日本人に顔写真を残した女性の身元が、
73年ぶりに判明した。女性は97年に亡くなったが、米在住の子供たちは
「写真を見てすぐ母と分かった。言い知れぬ感動を覚えた」と話している。

女性はポーランド生まれのソニア・リードさん。ナチスの迫害を逃れて日本に渡った当時は
16~17歳で、写真の裏に「私を思い出してください。すてきな日本人へ」と書き残していた。

ソニアさんはニューヨーク近郊で夫の板金工場経営を手伝っていた。日本にも2回旅行。生前、3人の子供には欧州からの逃避行について何も語らなかったが、「日本人にはとても親切にしてもらった」と話していたという。
(2014/04/20-15:35)

 

東条英機の遺書

現在の日本を事実上統治する米国人に一言する。

どうか日本人の米国に対する心持を離れざるように願いたい。

また、日本人が赤化しないように頼む。

米国の指導者は大きな失敗を犯した。

日本という赤化の防壁を破壊した。

いまや満州は赤化の根拠地である。

朝鮮を二分したことは東亜の禍根である。

米英はこれを救済する責任を負っている。 昭和23年12月 巣鴨

 

戦前、日本は治安維持法で共産主義者を排除した

戦後、アメリカはレッドパージで共産主義を排除した

戦後のアメリカは日本の政策をコピーしただけなのがよくわかる

 

 



アメリカが悪いとか、そんな単純な話ではない…

アメリカも共和党は話せるし、まともだと思ってる。

アメリカ共和党は話せるよ 反日ユダヤきちがい民主党はダメだけど

トルーマン大統領(アメリカ反日ユダヤ糞民主党 原爆無警告で2発も落として、日本の世銀融資に反対)つぎの大統領↓

アイゼンハワー大統領(共和党) は「日本に世銀融資を初めて認めた」と #高山正之 氏。「おかげで日本は新幹線を走らせ、

名神、東名の高速道もつくり、東京五輪ができるところまで一気に生き返った」

…今日の日本の繁栄は #アイゼンハワー(共和党) のおかげ

 

リンドバークとかハミルトンフィッシュとか、全米母親連盟とか、戦争を避けるために会った方がいい人たちを当時の日本政府が相手にしたということは聞いたことがない。

チャーチルが、日米戦争反対のハミルトンフィッシュ(当時のアメリカ共和党の重鎮)を追い落とすために、対米プロパガンダエ作機関「イントレピッド」を組織して暗躍させてた事実とは大違いである。

共和党の下院議員で院内総務であり、ルーズベルトの幼馴染であったハミルトン・フィッシュは自著の中で、当時の共和党下院議員の九十%が日本との戦争に反対していた事実を明らかにしており、

ハルノートを指して「これによって日本には、自殺するか、降服するか、さもなくば戦うかの選択しか残されなかった」と強く批判し、「日本は天然資源はほとんど保有せず、また冷酷な隣国であるソビエトの脅威に常に直面していた。

天皇は名誉と平和を重んじる人物で、戦争を避けようと努力していた。

日本との間の悲惨な戦争は不必要。それは、お互い同士よりも共産主義の脅威を怖れていた日米両国に とって悲劇的だった。

我々は戦争から何も得るところがなかったばかりか、中国を共産主義者の手に奪われることになった」とも述べている。

ちなみにフィッシュは戦時中も「米国の敵は日独ではなくソ連だと」 主張し続けていた為に、アメリカに潜入していた英国の対米プロパガンダエ作機関
「イントレピッド」による中傷工作を受けて一九四四年に落選に至っている。

日本外交のなんと淡白なことよ!!
日本外交のなんと淡白なことよ!!
日本外交のなんと淡白なことよ!!

 

日本が在日米軍を買収し第七艦隊を吸収・合併する日 宮崎正弘 (著) ビジネス社2015/5/9 日本が米国債を貿易交渉の切り札にするかどうか海外のSNSで話題に…

日本が在日米軍を買収し第七艦隊を吸収・合併する日 宮崎正弘 (著) ビジネス社2015/5/9 日本が米国債を貿易交渉の切り札にするかどうか海外のSNSで話題に…
日本が在日米軍を買収し第七艦隊を吸収・合併する日 宮崎正弘 (著) ビジネス社2015/5/9 日本が米国債を貿易交渉の切り札にするかどうか海外のSNSで話題に…

 

とにかく、この美人の著者がすごいのは、知識の豊富さだ。

櫻井よしこさん以来といってもいいかもしれない。

 

新史談民話 田中香涯 東学社. 昭和9 「上古時代における女性の優越」

新史談民話 田中香涯 東学社. 昭和9 「上古時代における女性の優越」
新史談民話 田中香涯 東学社. 昭和9 「上古時代における女性の優越」

↑バッハオーフェンの一連の本も面白く読んだ。だがこの人の欠陥は、最大最古最強の「母権国家」日本に対する考察を欠いていることだ。

惜しまれてならない。

 

朴鉄柱(韓国 平成二年一月逝去・六十八歳 、韓日文化研究所 昭和四十二年十月)

「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本か
ら仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取
り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル
・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。

“事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、
開戦時の心境であった。それは日本 の武士道の発露であった。

日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。
それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。

日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、
アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」

「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民
地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。

戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というの
はクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。

日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、“聖なる戦争”であった。

ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。
二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社
に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」

↑勝ったのは日本だよ  バカ左翼はバカだから、不誠実だから、近視眼だから見えないだけで…

 



 

真珠湾の真実 (平凡社新書 796) 「歴史修正主義は何を隠したか?」 2015/11/13柴山 哲也 (著) そもそも、歴史修正主義って、何なんだ??

真珠湾の真実 (平凡社新書 796) 「歴史修正主義は何を隠したか?」 2015/11/13柴山 哲也 (著) そもそも、歴史修正主義って、何なんだ??
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今こそ、ヘレン・ミアーズ著 『アメリカの鏡・日本』を読もう! 東亜百年戦争の勝者としての日本… 大東亜戦争は植民地解放と人種差別撤廃に貢献した アメリカの鏡・日本 完全版 (角川ソフィア文庫) 2015/ヘレン・ミアーズ (著), 伊藤 延司 (翻訳)

今こそ、ヘレン・ミアーズ著 『アメリカの鏡・日本』を読もう! 東亜百年戦争の勝者としての日本… 大東亜戦争は植民地解放と人種差別撤廃に貢献した アメリカの鏡・日本 完全版 (角川ソフィア文庫) 2015/ヘレン・ミアーズ (著), 伊藤 延司 (翻訳)
今こそ、ヘレン・ミアーズ著 『アメリカの鏡・日本』を読もう! 東亜百年戦争の勝者としての日本… 大東亜戦争は植民地解放と人種差別撤廃に貢献した アメリカの鏡・日本 完全版 (角川ソフィア文庫) 2015/ヘレン・ミアーズ (著), 伊藤 延司 (翻訳)

 

日本に協カしたのは、ほとんどの場合、それぞれの国を代表する人たちだった。彼らは(ナチスの協力者とは違って)、対日協力の動機は純粋に愛国心であると胸を張っていえた。なぜなら、戦争は日本と現地政府の間ではなく、日本とヨーロッパの異民族支配者の問で戦われていたからである。

 

日本は当然のことながら、アジアの人々に対して、アジアあるいは太平洋地域の領土を併合したり、支配しようという意図あるいは希望は毛頭もっていないと繰り返し宣伝していた。日本はただアジアをヨーロツパの支配から自由にしたいだけである(アメリカが南アメリカをヨーロツパの侵入から守っているように)。

そして、アジアの民がたがいに協力して自分たちの資源と文明を発展させることができるようにしたいのだ、というのが日本の主張だった。

著者(ヘレン・ミアーズ)1900年生まれ。1920年から日米が開戦する前まで二度にわたって中国と日本を訪れ、東洋学を研究。1946年に連合国最高司令官総司令部の諮問機関「労働政策11人委員会」のメンバーとして、 日本の労働基本法の策定にたずさわった。1948年「アメリカの鏡・日本」を著す。GHQから発禁処分を受ける。

 

日本の戦争責任 上:下 最後の戦争世代から 1995/若槻 泰雄 (著)原書房 私見では、日本にいちばんかけているのは「正しい歴史認識」である. 東亜百年戦争の勝者としての日本… 大東亜戦争は植民地解放と人種差別撤廃に貢献した

日本の戦争責任 上:下 最後の戦争世代から 1995/若槻 泰雄 (著)原書房 私見では、日本にいちばんかけているのは「正しい歴史認識」である. 東亜百年戦争の勝者としての日本… 大東亜戦争は植民地解放と人種差別撤廃に貢献した
日本の戦争責任 上:下 最後の戦争世代から 1995/若槻 泰雄 (著)原書房 私見では、日本にいちばんかけているのは「正しい歴史認識」である 東亜百年戦争の勝者としての日本… 大東亜戦争は植民地解放と人種差別撤廃に貢献した

 

戦後日本を狂わせた左翼思想の正体: 戦後レジーム「OSS空間」からの脱却 2014/田中 英道 (著)展転社

戦後日本を狂わせた左翼思想の正体: 戦後レジーム「OSS空間」からの脱却 2014/田中 英道 (著)展転社
戦後日本を狂わせた左翼思想の正体: 戦後レジーム「OSS空間」からの脱却 2014/田中 英道 (著)展転社

 

ユダヤだ、フランクフルトって言ってもわからない人が多いだろうから至近で、アホサヨクの具体例を一人だけ挙げたい  ↓ ↓

「…安倍首相がなぜ再登板したかと聞かれて、「インターネットの声に勇気づけられた」と言っているように、いまやこうした勘違いしたナショナリスト=ネトウヨ=新自由主義の被害者たちが世論を動かすまでの大きな勢力になっているのは拒みがたい事実である。

宮台真司は、何人もの家庭教師をつけても東大に入れず、ようやく成蹊大学に入学できた安部を、だからこそ俺たちが支持するというインターネット上の勢力(B層の大衆)が安部を総理大臣にまで持ち上げたのではないかと指摘し、エリート嫌悪、感情劣化による衆愚政治が続くことは避けられないと言っている。(ウェブマガジン「ちょくマガ」2014.9.30の発言より)」

↑ちょうせんじん、思いあがってるなあ……  呆れて言葉がないよ。

 

特措法通してインチキ低圧分割認めたのは福島の原発吹っ飛ばした菅直人だよー
https://pbs.twimg.com/media/EEA55yRU0A4gQWk.jpg

↑熱海の生き埋めになった人たちもこいつらのせい   なにもかもちょうせんじんが悪い!!!!

宮台は熱海の生き埋めになった人たちへ慰霊の旅が必要だろう。
宮台は熱海の生き埋めになった人たちへ慰霊の旅が必要だろう。
宮台は熱海の生き埋めになった人たちへ慰霊の旅が必要だろう。

 

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151117-00004477-gentosha-ent
宮台 僕のゼミにも昔はネトウヨっぽい若者がよく来ました。でも、心根はいいやつが多いので、 合宿に連れていってちょっとした通過儀礼を経験させれば、3ヵ月もするとだいたい直せます。
ネトウヨには童貞君がすごく多くて、そのへんの鬱屈が顔に出ちゃってるわけ。その部分の 劣等感から来る緊張を取り除いてあげると、けっこう効果的なんですよ(笑)。

東浩紀 要約すると、「ネトウヨはバカだ」と(笑)。

宮台 そのとおり。でもいまは「自称・保守」 こと親米保守──
僕の言葉では「対米ケツ舐め保守」──や、そこに連なる人間──僕の言葉 では「2ちゃん系ウヨ豚」──にバカが多い。

 

★民主主義が一度もなかった国・日本 (幻冬舎新書) 宮台 真司 (著), 福山 哲郎 (著) 幻冬舎 (2009/11/26)

Version 1.0.0

;福山氏自身が証明してしまった: 投稿者 又三郎 投稿日 2011/4/30
この国に民主主義が無いことを、官房副長官たる福山氏自身が証明してしまった。そういう意味において、
本書は究極のブラックジョーク本である。

笑…

日本保守党の島田議員が、安倍総理暗殺を喜んだ島田雅彦を教授にしてる法政大学の30億円の援助を打ち切れと声をあげてるが、同感だ。

ついでに、島田雅彦と同様の発言をした宮台真司のアホも永久追放でお願いします。

 
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