工場内部をかくす航空兵器会社。スイス税関の非情な検査。日本人同士のあつれき。
帰国への不安―プロペラ設計技師・佐貫亦男のすごした苛烈なドイツ。
1941年4月、プロペラ技術の購入で再度ドイツを訪れた佐貫技師は、1943年11月まで滞在し、同盟国と中立国の対日感情をつぶさに体験。
戦後10年たって、長編の回想記にまとめ上げた。
当時の日独の技術差が圧倒的なものであったという背景を知らなければ、この本は楽しめない。
当時の日本には作れない部品がたくさんあった。おまけにそれらを作る工作機械もほとんどが輸入品に頼っていた。
日独は対等ではなかった。
ゼロ戦も結局のところ、スイス製のエリコンの機関砲を載せ、エンジンもアメリカ(戦争してる相手に!)に特許料を払ってた。
プロペラ技術の購入で再度ドイツを訪れた佐貫技師(現・ヤマハ社員)は、技術購入交渉で板挟みになり苦しむことになる。
日本軍・技術将校の理不尽な要求、圧倒的に不利な価格交渉。
ドイツとしても同盟国であっても簡単に手の内を晒すわけにもいかないだろう。
それらが束になって佐貫技師を苦しめる。
全編を流れる沈鬱な雰囲気もそれに起因している。またそこが本書の魅力でもある。
エピソードとして、階下のバリバリのナチス党員で口うるさい弁護士宅を、水漏れ事故で水浸しにしてしまった。
もちろん佐貫氏は一方的な非難に晒されるわけだが、官製支給のコーヒーがその窮状を救ったという。
当時、絶対的に物不足のドイツでコーヒーは超貴重品。
佐貫氏の手元には官製支給のコーヒーがたくさんあって、口うるさいその弁護士にもっていったら100パーセント態度が変わったという笑える話。
息抜きにスイスを訪れた山好きの著者のアルプス描写が素晴らしい。
著名なクライマーのエピソードが次々とでてくる。
それが眼前のマッターホルンを舞台に繰り広げられたいえば感動もひとしおであろう。
地元住民との交流の描写もいい。
帰国の際のシベリア鉄道の通過もハラハラドキドキ楽しめる。
10年後の再訪問もいい。
「本書最終章 ドイツあれから10年」
感傷的にさせられる。
隠れた好著である。