オッペンハイマーはなぜ死んだか (ソフトカバー) 2021/10/2 西岡昌紀 (著)飛鳥新社

健康 古代史 時事一般

米政府が隠した原爆開発者の被曝可能性。
なぜ「原爆の父」は2か月後の爆心地を訪れたか?

なぜ急転直下、長崎に投下されたのか?

戦後76年間つづく情報操作に挑む!

米政府による原爆放射線の医学的影響の隠蔽【いんぺい】と検閲。
一度は投下を止めたプルトニウム原爆をどうしても使いたかった理由とあわせて、タブーの解明に挑む!

<構成>
第1章 長崎に原爆が投下された謎を解く

第2章 アメリカはなぜ日本に原爆を投下したのか

第3章 オッペンハイマーの癌

第4章 アメリカは、いかに「原爆」を検閲したか

終章 オッペンハイマーの死は何を語るか?

 

新知見満載で新書とは思えないボリュームだ。

あれにも触れたい、これにも触れたいという話題ばかりだ。

2番目に感銘を受けたトピックから触れたい。

 

長崎に原爆投下した際のB29の進行経路について

小倉上空で燃料不足のなか、約1時間も滞空。

三回の爆撃航程に全て失敗。

残燃料に余裕がなくなった上、日本軍の高射砲及び五式戦(陸軍59戦隊)と零戦(海軍203空)の迎撃を受けたため小倉への爆撃をついに断念。

小倉上空を離脱し、第二目標である長崎市へ移動する

長崎まできたB29は、ここでも小倉同様、厚い雲に長崎市が覆われているのみて、機長は投下をあきらめた。

そのまま、B29は熊本まで南下。

そこで、不思議なことに長崎まで引き返している。

この謎…

無線で上層部から、絶対、投下しろとの指示を受けたんではないかとの西岡氏の推測。

これはもっともな推論ではないかと思った。

その上層部の指示なるものについて、もっとも可能性が高いのはフラクリン・ルーズベルトが議会で内緒で、インチキ会計簿をつくって、議会を無視して多額の予算(約3兆円!!)を使っていた原爆の効果をどうしても見せておく必要があったのだろう。

アメリカによる日本人市民大虐殺、広島長崎に対する無警告の原爆投下についての疑問点はまだまだある。

最大の謎は、長崎に投下されたプルトニウム型の原爆はじっさいにトリニティ実験でアリゾナで爆発成功させたものだった。

ところが、広島に投下されたものは実験していないのだ。

だからここから、広島原爆はじつはナチスドイツが作ったものではなかったという疑惑が出てくる。

爆発の起動システムがまったく違う原爆を、2発も、アメリカでも、いくら何でも作れなかった。

それを裏付ける証言もある。

天皇のスパイ 2009 高橋 五郎 (著) 学研プラス “天皇のスパイ”と呼ばれる男がいた。第二次大戦中、二重三重スパイとして、世界を股にかけた男、アンヘル・アルカッサル・デ・ベラスコ。なぜ、大日本帝国は、アジア各地から莫大な財宝「黄金の百合」を収奪したのか?

スパイ“ベラスコ”が見た広島原爆の正体 2006 高橋 五郎 (著) 学研プラス

広島に落とされた原爆はアメリカが製造したものではなく、本当はナチス・ドイツが密かに製造していたものだった。第2次世界大戦の裏で活躍した大物スパイ、ベラスコが語る驚異の裏面史。はたして、それは真実なのか。幾多の証拠をもとに検証する。

Version 1.0.0

ゴールデン・ベア 5つ星のうち5.0 オッペンハイマーはなぜ死んだか?を読んでの感想
2021年11月6日に日本でレビュー済み Amazonで購入
戦後、日本軍による「南京大虐殺事件」を丁稚上げたのはチャイナでは無く、米国でした。何故、米国がそんな事をしたのか理解出来なかったのですが、この本を読んで、その答えを得ました。この本には、左様な事は書いてないのですが、私は個人的に納得出来たのです。この本の著者は、お医者さんですが、芸術全般にも造詣が深く、また、ピアニストでもあります。当然ながら、この本は科学者としての立場から極めて綿密に調査されており、私は本当に驚きました。そして、深く考えされ、大変感動致しました。全日本人必読の一冊だと感じました。

 

なぜ、長崎に原爆ドームがないのか?

なぜ、長崎に原爆ドームがないのか?
なぜ、長崎に原爆ドームがないのか?

そして、えっ!と驚くような新事実がそこには展開されています。

ネタバレになりますが、本書の真価であるこうした内容が残念ながら題名からは伝わりにくいため、あえて書きます。

それは長崎原爆の当日、第一目標であった「小倉の天候は悪くなかった」ということ、そして「小倉の工場では煤煙を大量に出して煙幕を張っていた」ということです。

私はこんな話を今までどこでも見たことがありません。

原爆攻撃に「目視照準」が義務付けられていたことは良く知られるところですが、 それが、レーダー照準の前には絶望的抵抗であるはずの煙幕を有効な防御策にし、不思議な巡り合わせというか、長崎の立場から見れば非常に不幸な巡り合わせを演出したことになります。

なぜ長崎に原爆が投下されたのか、その真実を伝えている良書であり、昭和史の好きな方にはお薦めしたい一冊です。

Version 1.0.0

横から見た原爆投下作戦 秋吉 美也子 (著) 元就出版社 2006/11/1

↑これはほぼ真実であろう。数年前の毎日新聞でも、終戦記念日特集か何かで、小倉市民にインタビューして裏付けもとられてる。

連日の爆撃で何とかしようと、みんなで古タイヤを燃やしていたらしい。

あまり表ざたにすると、長崎市の人たちに悪いからと、その記事にはあった。

それをB29のパイロットが天気が悪かったと誤認報告 。

 

つぎに感銘をうけたトピックは、第4章の「戦争と検閲」だ。

著者・西岡さんの貴重な体験である。

 

1980年の春、アメリカ・ワシントン。

私は、日本占領中に米軍が行った検閲の研究のため、ワシントンのウィルソンセンターという研究所に研究員として滞在していた。

その時、研究所で、ベトナム戦争を振り返るシンポジウムが開かれた。

ところで、ベトナム戦争当時のディーン・ラスク国務長官は、もうすでに引退して郷里ジョージア州のジョージア大学の教授になっていたのだが…

パネリストでもなければ発表者でもない、フロアの隅にじっと座っている初老の人物をみて、「ディーン・ラスクそっくりの人がいるなあ」と思ったら、まさにその人であった。

彼は、黙然と議論を聞いていた。すると、ラスク元国務長官は、シンポジウムの最後に手を挙げて、肺腑をえぐるようなことを言ったのである。

「今まで、いろいろ貴重な意見をうかがったけれど、私はこの戦争は失敗だったと思っている。

なぜ、失敗だったかといえば、合衆国政府は、ベトナム戦争では一度も検閲しなかったからだ……」

ラスク国務長官がこう言ったとき、シンポジウムの会場は満場水を打ったように静かになった。

 

GHQ検閲官 甲斐弦 解説:上島嘉郎 経営科学出版2022/1/1

GHQ検閲官 甲斐弦 解説:上島嘉郎 経営科学出版2022/1/1
昭和21年(1946年)、占領下の日本であえて米軍検閲官となった英文学者が50年の沈黙を破り、当時の克明な日記をもとに、世相、苦脳と希望、峻烈な米軍検閲の実態などを生々しく描きだした敗戦秘史。 甲斐弦は家族を養うために1946年10月28日...

 

私がこの本でいちばん考えさせられたのは、「レクイエム広島」(糀場富美子が1979年に作曲した弦楽合奏曲)を巡る、補論2での論考だ。

残念ながら、「レクイエム広島」自体には、さほど感動しなかった。

指揮者レナード・バーンスタインが絶賛し、小澤征爾がそれを聞いて感銘を受け、ボストンで初演したということをこの本読んで知り大いに期待したが…

現代音楽もけっこう好きなので、聴いている。

私的に、ベストスリーを上げれば、

①弦楽のためのレクイエム’(武満徹1957)  ② 抒情組曲(アルバン・ベルグ) ヴァイオリン協奏曲(「ある天使の想い出に」)1935 ③ 映画「乱」のサントラ盤(武満徹) ③ リゲティ・ジェルジュのルクス・エテルナ1966(映画2001年宇宙の旅)

などが好きである。

「レクイエム広島」アメリカ初演(ミネアポリス)にまつわるエピソードが面白かった。

作曲者の糀場富美子さんのもとへ、ミネアポリスに、約350人の在米韓国人、中国人が押しかけて、「レクイエム広島」に反発して気勢を上げたという。

ホント、迷惑な連中…

 

糀場富美子さんはこの時のことを、1996年に音楽雑誌で次のように回想している。

戦後50年に当たる95年、「広島」に対する風当たりはスミソニアン博物館事件以来、相当強いとわかってはいたが、ご当地アメリカに来てみて、ようやくそれを肌にじかに感じた。ただし、ここでの抗議は、コリア、チャイナ等、同じアジアの同胞である国々の二世たちを中心としたグループによるものなのである。
彼らは、何故「広島」ばかりにスポットを当てるのか、日本はアジアでやったことに対してあやまりもせず、自分たちが被害者であるかのように、広島長崎を持ち出す。南京大虐殺で殺された人々のためにこの曲を捧げる気持ちはないのかと問われ…

↑一言、うぜーー

 

あれ?!  そういえば、ふと気が付いたんだが、南京大虐殺インチキ話 否定のブログいくつか書いてるんだが、

コミュニティーノートが付かない!!!

さすがは、イーロンマスク御大だけのことはあると感じ入った次第。

 

133. 名無しさん@ほしゅそく 2013年08月25日 18:34 ID:.FGncw.b0 このコメントへ返信

小学校での社会で、南京での日本兵の残虐さを先生が熱く語ってた。
生まれて初めて聞く悪魔のような所業に、無垢な心はビックリ!日本がごめんなさいの気持ちと、自分も残虐な血を受け継いでるのだと罪の意識も。
でも子供心にも優しくて、他人の事を考えすぎて時に弱気にさえなってしまう程の日本人が戦争になったら急に悪魔に豹変してしまうの?とずっと不思議だった。
疑問を持ちながらもそれからずっと長い間お花畑の住人だった。
真実を知った時、何の疑問も感じずに胸にストンと入ってきて納得できた。
そして今まで騙されてた事、騙してた奴らに深い憎しみを感じた。

 

そもそもすべてインチキウソ話である。中国国民党宣伝部と当時、安全地帯にいたアメリカプロテスタント宣教師団の「合作」で東京裁判で日本を嵌めようとしたものである。

誰が「南京大虐殺」を捏造したか 2015/古荘光一 (著)ワック アメリカ白人限定、対応集もあるよ…  fake Nanjing

誰が「南京大虐殺」を捏造したか 2015/古荘光一 (著)ワック アメリカ白人限定、対応集もあるよ…  fake Nanjing
誰が「南京大虐殺」を捏造したか 2015/古荘光一 (著)ワック アメリカ白人限定、対応集もあるよ…  fake Nanjing

 

「もしかして、この人、南京大虐殺なんか信じてる??」 GHQは日本人の戦争観を変えたか 「ウォー・ギルト」をめぐる攻防 (光文社新書) 2022/賀茂 道子 (著)

「もしかして、この人、南京大虐殺なんか信じてる??」 GHQは日本人の戦争観を変えたか 「ウォー・ギルト」をめぐる攻防 (光文社新書) 2022/賀茂 道子 (著)
「もしかして、この人、南京大虐殺なんか信じてる??」 GHQは日本人の戦争観を変えたか 「ウォー・ギルト」をめぐる攻防 (光文社新書)

 

南京大虐殺インチキウソ話全面批判!榛葉英治 小説「城壁1964年 2020年再出版」をめぐる諸問題。

南京大虐殺インチキウソ話全面批判!榛葉英治 小説「城壁1964年 2020年再出版」をめぐる諸問題。
南京大虐殺インチキウソ話全面批判! 榛葉英治 小説「城壁1964年 2020年再出版」をめぐる諸問題。

 

 

1945年8月9日10時30分
V-77“ボックスカー”、三回の爆撃航程に全て失敗。残燃料に余裕がなくなった上、日本軍の高射砲及び五式戦(陸軍59戦隊)と零戦(海軍203空)の迎撃を受けたため小倉への爆撃を断念。小倉上空を離脱し、第二目標である長崎市へ移動する

1945年8月9日10時50分
V-77“ボックスカー”、レーダーを用い長崎市上空の攻撃始点(IP)に到達。雲の切れ間より市街地が見えたことで、即座に自動操縦に切り替え目視爆撃の実施を決断

 

アメリカはアメリカ兵捕虜が12名いるのを知って、広島に原爆投下して味方を焼き殺した。

長崎には4名いた。

シナが日本に躊躇するわけがない。

 

 

 

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