前方後円墳といえば長らく日本独自の墳型と考えられてきた。
しかし、韓国国内では十四基の前方後円墳が発見されている。
この存在は、韓国併合の苦い歴史から政治的、イデオロギー的にも問題をはらみ、韓国国内で長年に渡りタブー視されてきた。
はたして、古代日本による植民地支配はあったのか。被葬者は誰なのか。最新の研究成果から日韓古代史最大の謎を解き明かす!
九州王朝説にたつ私にとっては、関連知識も豊富であるし、新書で180ページ足らずの小さな本だが、よくまとまっていた。
だが、書中に一度も九州王朝との文言がないのはどうかと思った。
韓半島南部に、5世紀から6世紀にかけて作られた前方後円墳は、畿内ヤマト政権とは一切無関係だから…わるいけど…
九州王朝信奉者からみた、「古代朝日関係史: 大和政権と任那 1969/金錫 亨 (著), 朝鮮史研究会 (編集) 勁草書房」

韓半島南部に倭人が造った前方後円墳
―古代九州との国際交流―
朴 天 秀
(慶北大学考古人類学科教授)file:///C:/Users/Dynabook/Downloads/KJ00007843639.pdf
はじめに
従来日本列島のみに分布する墓制と考えられてきた前方後円墳は 1980 年
代、韓半島南部の栄山江流域で発見されて以降、現在まで計 13 基が確認され
てきた。(図1参照)いずれも5世紀末から6世紀前半にかけて造られたものだ。
ホウラ製貝釧 iii、仿製鏡が出土した。また海南長鼓山古墳からは須恵器も出土した。
繁根木型のゴホウラ製貝釧は、佐賀県の関行丸古墳、福岡県の王塚古墳の周
辺に位置する櫨山古墳と、熊本県の江田船山古墳に隣接する伝佐山古墳から出
土していることより、これら九州の集団によって栄山江流域に搬入された可能性が極めて高い。
いっぽう、栄山江流域産の土器は対馬と北部九州に集中する傾向が見られる。
とくに周防灘に臨む福岡県苅田町の番塚古墳、福岡市の梅林古墳では栄山江流域産の鳥足紋土器が
石室内に副葬されており、日本列島の前方後円墳でこの地域産の土器が副葬されたのはこの 2 例のみである。
栄山江流域産の土器の分布をとおして、造山古墳で見られるような繁根木型貝釧の分
布と九州系石室の分布との強い相関性を認めることができる。
以上のことから、韓国・栄山江流域における前方後円墳の被葬者は、横穴式石室、
繁根木型のゴホウラ製貝釧、栄山江流域産の土器の分布、江田船山古墳の副葬
品のような百済系文物の分布から周防灘沿岸、佐賀平野東部、遠賀川流域、室見川流域、菊池川下流域などに出自をもつ複数の有力豪族と想定できる。
↑如何であろうか?
韓半島南部に倭人が造った前方後円墳は間違いなく、九州王朝の人たちが韓半島に渡って作ったものだ。
畿内ヤマト政権は関係ない!! そのことに、気づけなければすべてダメである。
何より、韓半島南部に残る前方後円墳が「九州臭い」のは、ゴホウラという奄美大島以南じゃなきゃ取れない貝を削った腕輪がでていること。

福岡市埋蔵文化財センターのHPから
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ただ、その際、カギとなるのは、畿内ヤマト政権の存在である。
畿内ヤマト政権に、水軍がない。これまで遺跡も見つかっていない。
畿内ヤマト政権は「ひきこもり」政権である。
金剛山地の右側に引きこもって、外敵をシャットアウト。ひたすら、大古墳を作りまくっていた。
あんなに大層な古墳をたくさん作ってるんだから、朝鮮半島に進出して当然だと考えてる人・学者多すぎる!
逆じゃない?
あんなにたくさん古墳つくってるから、すべての労力を古墳づくりに削がれて、朝鮮半島に進出なんかできなかったのではないか。
任那日本府というのも畿内ヤマト政権がつくりだした作文である。
その証拠に、日帝時代、日本人考古学者、歴史学者が大挙して半島に行って「任那日本府」の痕跡をさぐったが、けっきょく何もみつからなかった。
↑とりあえず、これを読んで欲しい。
何たる徒労、何たる無駄!!
全ては畿内ヤマト政権が、九州王朝の半島との外交記録をパクったところに出てきてる混乱である。
私は、日本書紀にたくさん出てくる半島との交流記事も、大半はそれは九州王朝との交流記事であり、畿内ヤマト政権がそっくりそのままパクったのではないかという疑問を持ち続けている。
根拠は、たくさんあるが、ここでは一つだけ、金錫 亨氏もおかしいと言っている「百済が我が国を指していう「貴国」」についてひとくさり感想を述べたい。
日本書紀において、百済が我が国を指していう「貴国」という表現がある。
これは礼称ではなく、一般固有名詞である。
日本書紀に頻出する。
https://tsukudaosamu.com/pdf/4-2.pdf
PDFだがこの論考が微に入り細に入り、貴国が畿内ヤマト政権のことではなく、北部九州に存在した王権であることを解き明かしている。
これより、400年ばかり下った平安時代のこと。
キの国という、日本語の発音が重要だ。
東海の姫氏の国…
日本の国民はすべて苗字をもっているが、天皇家には苗字が無い。
ところが、ある時期まで、天皇家は「姫氏」を名乗っていた時期がある。
天皇家は689年の飛鳥浄原令の発布以前まで「姫氏」を名乗っていた。
平安時代の講書(日本書紀を天皇に講義した記録)に書かれている博士の質疑の一つに「わが国は姫氏と呼ばれているのは何ゆえか。」とある。
↑これらもすべて九州勢力の王朝のことではないだろうか?
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アマゾンレビューに秀逸なものがある。少し長くなるが引用したい。
HD
5つ星のうち3.0 古代史研究において近現代のイデオロギーは不要なのでは?
2025年8月5日に日本でレビュー済み
最近古墳や古代史に興味があり、いくつか本を読んでいるので、表題に興味があり、また学者さんが書いた本であるので手に取った。
本文は7章立てでタイトルに関する部分は第4,5章に書かれている。それ以外の部分は前方後円墳ができる前後の朝鮮半島と倭の関係史で勉強になるところも多かった。前方後円墳に関する部分はなるほどという感じで、九州勢力がある程度は大和政権の意思に従い、ある程度は自主的に朝鮮半島に渡り、そこに地盤を築いた結果の墳墓であろう、との結論もまあそんな感じなのかなと思った。
しかし、「はじめに」の部分から第1章はあれっ?という感じだった。最近の日本の若者の韓国文化への傾倒について述べ、「むしろ偏見が残っているのは、日本の中高年層なのだ」と書いてあるが、日本の中高年層にどんな偏見が残っているのかが書いておらず、あいまいな言葉で日本の中高年層を批判している。
また、京福宮を見て「これだけの王朝文化を旧大日本帝国が破壊したことに、心が痛んだ。」と書いてあるが、これもかなり一方的な見方なのではないだろうか。朝鮮の王朝文化の衰退に対しては日本の他、ロシアの影響もあり、また自滅した面が多々あると思われ、全て日本が悪いという決めつけで論じているのは、公平でないのでは?と思った。
第1章ではせっかく朝鮮半島と倭の交流の考古学的な証拠を挙げるのに、なぜか結論は朝鮮半島に倭国支配領域はなかった、日本書紀に書いてることはおかしい、と述べるイデオロギー、あるいは韓国に対する忖度が目立つ内容である。
好太王碑をみれば倭が朝鮮半島で軍事的行動をとっていたことは明らかだろうし、4世紀後半以降、半島南部に政治的、軍事的拠点くらいは持っていたはずである。
また、5世紀の倭の五王は「百済及び半島南部地域の軍事指揮権、統率権を承認されることを懇望した。
しかし宋はついにこれを承認することはなく、倭の側の意図はかなえられなかった。」と書いてある。
私は歴史については素人であるが、これはさすがに間違いなのでは?
百済は認められなかったが、済以降、半島南部地域に関しては宋から軍事指揮権が認められていたのではないだろうか。
6-7世紀、新羅のちに百済が任那の代わりに「任那の調」を倭に送っていたということを書いておいて、「任那を日本が領有しているというのは,フィクションにすぎないのだが」となり、そのフィクションを維持するために大和朝廷は白村江の戦をしたような結論が書いてあり、当時の政府を貶めているように思う。
8世紀に成立した日本書紀はさんざん疑い、12世紀に成立した三国史記は素直に受け入れるような書きっぷりのところもある。
三国史記と比較し日本書紀の成立過程は誠実でない、ということはないと思う。
実証的な考古学的な見地から結論を述べるならわかるが、前提となる考古学的事実と著者の述べる結論がつながっていないように思える。
著者の主張を見ていると、考古学的事実を解釈する際には、日韓併合で韓国に与えた屈辱に留意しなければならない、と考えているように見える。
文系の学問の世界では教科書のおける近隣諸国条項みたいなものがあるのだろうか。
戦前、三韓征伐が韓国併合を正当化する理論に使われた、という反省があるのかもしれないが、古代に起こったことが近現代どう利用されたかという視点は古代史研究において不要(近現代史研究には必要かもしれないが)であり、純粋に学問的な議論を聞かせてほしいと感じた。
↑いやはや、素晴らしい!!! 頭がいいんだね、この人は。書かれていることの9割に賛同する。惜しむらくは、この人、古田武彦の九州王朝説を知らないことだけ(笑)
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憲法にも教科書にもウソの自国史を書き連ねる愚かしくも喜劇的な韓国の悲哀 by榊淳司
榊淳司 チャンネル登録者数 3.07万人
1567 回視聴 1 日前
関連サイト
https://japanese.joins.com/JArticle/3…
サブチャンネル …
米軍部隊を韓国軍将校が指揮する‥絶対にありえないことなのに、理解できない隣国 by榊淳司
榊淳司 チャンネル登録者数 3.07万人 10:35 2026/02/08
↑私の対韓認識とすごく近い人。毎回、面白く見ている。ただ、私はもっと一歩も二歩も進めて、とくに中韓からの留学生を制限すべきときに日本国は至っていると考えている。
従軍慰安婦と靖国神社 一言語学者の随想 2014/8/9田中 克彦 (著)KADOKAWA/角川マガジンズ 提案なんだが、反日教育を行ってる国からの留学生はすぐさま帰らせるべきだ…

薄い170ページ足らずの小さな本だが、しかし、これは余りにもひどすぎる。
読んでいて猛烈に腹が立ってこれを書き始めた。
この言語学者の事実誤認、問題に対する知識のなさがひどすぎる!!
どこから手を付けていいのか分からない状態…
とはいえ、私が猛烈に腹が立ったのはこのこと(従軍慰安婦問題)ではない。
韓国人の日本憎悪の気持ちがいかばかりかを知る
いまから30年ほど前、私は一橋大学の大学院で、ぜひ先生のゼミナールに参加させていただき、勉強したいという韓国からの女子学生に説得されて、大学院生として引き受けることになった。
そしてこの人を通じて、韓国の若い世代が、いかに強烈な反日感情をを抱いているかを思い知らされたのである。
たまたま、広島・長崎に落とされた原爆の話に及んだとき、彼女は身を乗り出してこう言ったのである。
「私は、原爆がたった2発だったことが残念でなりません。たった2発だなんて、50発でも足りないくらい、60発くらいは落としてほしかった」
↑こんな話は腐るほどあるし、恐ろしいことに日本人に帰化する罪日ちょうせんじんというものは、大体こんな感情を抱いている。
3年くらい前、杉田水脈が国会で質疑してたが、反日教育をしている国からの留学生は即時、禁止すべきだ。
具体的には、中国と韓国である。
百害あって一利なし
そうした反日国家留学生が日本国内の反日バカ左翼と結託して反日分子に育つ事例が多数ある。
外国人留学生優遇…250億円 ← せめて、反日教育してるところから受け入れるべきではない。世界に、親日国は数多い…
韓国児童の反日絵画展
http://shiratorijun.blog4.fc2.com/blog-entry-22.html
マインド・グロ注意
↑こいつらを好きになれというのは無理がある 韓国朝鮮人は、遺伝子レベルで反日差別民族
「異形」の古墳 朝鮮半島の前方後円墳 (角川選書) 2019/高田 貫太 (著)KADOKAWA 「九州王朝論者」からみた、南韓半島に残る前方後円墳について

はじめに言っておくと、なんら不思議はない。
朝鮮半島西南部の栄山江流域に5世紀から6世紀にかけて作られたおびただしい前方後円墳は九州王朝がつくったもので、決して畿内ヤマト王権が作ったものではない。
著者もそのあたりわかっていないので(九州王朝なんか全然脳裏にない?)、隔靴搔痒の感ありありの書物になってしまっている。
百済王はみずからの臣下のため、地名を付した王号や候号を南斉に要求している。
そして、その地名が朝鮮半島西南部(前方後円墳が多数作られた)に集中している
時期的に近接しているので、これらの事実は実に興味深い。
私の解釈は簡単である。
この、朝鮮資料に出てくる倭、倭人は九州王朝人である。
2世紀から3世紀、4世紀、5世紀かけて海を渡って領有していたものと思われる。
それで朝鮮民族とのあいだに齟齬あつれきが発生した。
九州王朝論者(法隆寺移築説)からみた、卑弥呼の居場所: 狗邪韓国から大和へ (NHKブックス 919) 2001/高橋 徹 (著) 邪馬台国畿内説についてつらつら思うこと…

古代九州王国の謎 (1976年) 神西 秀憲 (著) 新人物往来社 本書は古代日本の歴史はすべて北九州の中だけにあったという、古代史実を述べようとするものである。


