著者、金子 彰生氏は明治34年(1901)1月26日東京日本橋に生まれる。
大正15年(1926)1月16日、箱根登山電車脱線転落のさい乗り合わせて遭難、多数の死者の中でただ一人の無事生存者となる。
その後「生と死」に深く興味を覚え、山田耕筰先生の『生まれ月の神秘』を読みますます興味を覚える。
以後、数に憑かれたように、数の神秘に取り組み、数の権化となり研究に没頭し、「数と運命の研究」のまとめに専念する。
昭和38年(1963)10月6日62歳で逝去。
死者17名の大事故でただひとり、ほとんど無傷で助かったのがこの本の著者である。
著者が特異なのは、たったひとり生き残ったことの理由を27年間も追求したというところだろう。
世界で今もどこかで事故は起きてるだろうが、その原因を外部的要因以外で探そうとする人はいないだろう。
「結局、私の生命を救ったものは、科学でも解くことのできない何ものかであった。救助されてから、もうたくさんだというほどきかされてきた「幸運児」の「運」こそ、科学で解けないものの正体に違いないと私は考えたのだった」
「生年月日の数字を研究し続けて、ようやく把握することができた私の運命観は、「人生は何事も時期である」ということであった」
運命数というもの。
「生まれた月日を足して、運命数の循環図を自分で作成して年齢の運命の吉凶はもとより、私たちの日常生活にその応用範囲は無限である」
「数運の神秘」、「先天的運命」という名のシナリオ。大凶は変換できる。開運の要諦。
「箱根で死んだ友人や私自身と肉親、彼らの生命又は生活は、生年月日の数字が「幸福」であるべきことを指示している時は、必ず彼らは栄華時代にあり、「逆境」を指す場合は彼らは一人の例外もなく、失意のどん底にいるということであった」
著者はこれを、ナポレオン、昭和天皇、マッカーサー、ベートーヴェン、ヒトラー、リンカーン、歴史上の人物で、あるいは国家にも当てはめて実証している。
併せて読みたい
「数霊(続巻)身近な問題点」 金子 彰生 昭和40年 オリオン社
オリオン社版は初版ですがその後何度も別の出版社から再発されています。