誰も書かなかった日韓併合の真実 2018と、東学農民戦争と日本・もうひとつの日清戦争2013/中塚 明、いわゆる渡来人に関する疑問まで…

健康 古代史 時事一般

 

日韓併合とはなんだったのだろうか?

この問題を考えようとしても、政治的な影響のせいで、なかなか自由な議論が行えないのが実情だ。

韓国では、民族主義的な歴史観が浸透し、最後は必ず「日本=悪」という視点に行きついてしまう。

一方、そうした過激な論法に日本では反発の声が上がり、「日本は何も悪いことはしていない」という極論まで出るようになっている。

そこで本書では、そうした両極端の価値観を排し、日本が朝鮮半島を統治した35年間の歴史を、客観的に振り返ってみたいと思う。

韓国や北朝鮮にとって都合の悪いことも書いたが、日本にとって耳の痛いこともかなり書いている。
それでも、「良いか悪いか」という感情論ではなく、「何が起きたのか」という事実の探求を心がけて執筆したつもりだ。
歴史と真摯に向き合いたい方には、ぜひ読んでいただきたい。

目次
第1章 日本の植民地支配の目的は何か?
第2章 三・一独立運動の衝撃と総督府の対応
第3章 日本が実施した経済産業政策の功罪
第4章 総督府が導入した諸制度の意味
第5章 戦争と朝鮮半島

著者について

豊田 隆雄(とよだ・たかお)

福島県生まれ。現職の高校教師。
埼玉大学大学院修士課程修了。
学生時代の専攻は東アジア研究。
韓国人留学生や中国人留学生から歴史に関する議論を挑まれた経験から、正当性を得るために書物を読み漁り、日本の歴史に関心を持つようになる。

「歴史を語るなら、最後は史料」がモットー。
著書に『日本人が知らない日本の戦争史』『本当は怖ろしい韓国の歴史』(彩図社)がある。

 

↑この本は、たった200ぺージに満たないのに私の知らないことばかりで感心した。

 

●総督府による土地調査

作業は難航したが、総督府は金と時間をかけてこの事業を継続した。

費やした金額は約200万円、現在の貨幣価値に換算すると、約1兆円にものぼり、期間は8年10カ月にも及んだ。こうした苦労をへて土地の所有者が確定し、禁止されていた土地売買も自由化された。これにより、朝鮮半島の農業は近代的な土地制度に組み込まれていくことになる。

なお、これをもって「総督府は強盗だ」というの乱暴である。

持ち主不明の土地は、どこの国でも国有地として扱われる。「土地の40パーセントが日本によって収奪された」ちう非難もあるが、資料の裏付けや確かな根拠のない数字だ。実際には、国有地は土地の3パーセントに過ぎなかった。

 

★筑波大学大学院教授・古田博司 日本軍と戦わない屈折が反日に

韓国は日韓併合は強制であり、不当だと言った。だが、当時の李朝の国庫は空であり、どうしようもなくなった王が日本の提案に妥協し5人の大臣に丸投げしたという史料が、3カ所から出てきてしまった。
国権強奪はなかった。 土地収奪はソウル大の経済史教授が否定した。

日本時代は、韓国に年率3・7%の経済成長をもたらし、民法典を与え所有権を確定した。
確定した側が所有権を無視し、土地を奪うはずがない。

朝鮮で取れたコメは経済原理に則って日本に輸出されたのだと、教授は主張した。
台湾の植民地統治は成功だったが、朝鮮のは失敗だったという、日本の左派学者たちの韓国の反日擁護の構図は崩れた

http://sankei.jp.msn.com/world/news/121017/kor12101703180000-n1.htm

 

さしずめ、私の立場は明確だ。

一方、そうした過激な論法に日本では反発の声が上がり、「日本は何も悪いことはしていない」という極論まで出るようになっている。

何かもリベラル、リベラリズム、反日帰化人(日本はとくに反日国に囲まれているので影響は深刻だ)が悪いというのが私の立場である。

 

■朝鮮は世界一貧乏だっただけでなく、技術も資源もなにもなかったのだから日本の力なしに急成長などできるわけがない

◆THE NEW KOREA―朝鮮(コリア)が劇的に豊かになった時代 アレン・アイルランド(著)桜の花出版 (2013/8/26)

 

◆李朝鮮時代は良かった、日本統治のせいで台無しになった。
と韓国人は主張するが、そのすべてが嘘である事がこの本を読めばわかる。

韓国人が本書の内容を認めようが認めまいが、そんなことはもはやどうでもいいと思います。←ここポイント!!

彼らは反日プロパガンダを世界中に普及させようと、日々活動中なのです。

どうか皆さん、本書を地元や大学の図書館で備えてくれるように、購入希望を出してください。 また海外在住の日本人が利用できるよう、この本のことを教えてあげるか送ってあげてください。

◆87年前にニューヨークの出版社から刊行された、英国人研究者による日韓併合研究書の完全翻訳本です。

この時代に、日本が多大な費用を投下したことは知識としてありましたが、ここまで発展させていたとは…
今までの歴史観が一新しました。
大規模なインフラ整備だけでなく、医療、公衆衛生、社会福祉に至るまで、ここまでやるかという改善に驚愕しました。

著者のアレン氏は、当時の、英、米、蘭、仏のアジアでのやり方についても研究していたそうですが、 詳細なデータを基にした分析に、学者としてのプライドを感じます。

衝撃を受けると共に、日本人が過度に自虐的になっていることは滑稽なことであり、ここで止めなければと思いました

資料の写真も必見です。是非、今読んで欲しい本です。

◆原文の英語と日本語の完全対訳。見開きで左に英語、右に日本語というレイアウトです。 87年前、日韓併合時代に書かれた素晴らしい名文。

「日韓併合の是非について語るのはここでは最小限にとどめた」
(結局のところその結論は)「個人的な資質に左右されるからだ」。

「強国が地政学理由で隣国を併合する例は世界的に数多くあるし、
議論は既に尽くされている」と。

つまり、あなたが韓国人の民族主義者ならどんなに日本が善い政治が行なっても認めないし、 逆に韓国人自身によって行われる悪政もすべては善となるからだ。と
筆者はこれを1926年の日本統治時代に予見している。

事実として韓国人、日本人も日韓併合で変わった現実を ありのままに受け入れるべきだとして筆者はこれに

『THE NEW KOREA』というタイトルをつけた。

日韓併合について語られた底本となるべき本だと思う。

 

■朝鮮は世界一貧乏だっただけでなく、技術も資源もなにもなかったのだから日本の力なしに急成長などできるわけがない

『日本帝国の申し子  高敞の金一族と韓国資本主義の植民地起源 1876-1945』 [単行本]
カーター・J・エッカート (著) ハーバードのアメリカ人歴史家

「漢江(ハンガン)の奇跡」――韓国が解放後30年間に果した驚異的な経済成長を、世界の学者たちはこう表現した。この奇跡をもたらしたものは何であったか? 本書は、1970年代に「驚嘆する劇的な変化」を目の当りにしたアメリカ人研究者が「その現象の歴史的背景」を、一切の予断と偏見を排して解明した「韓国社会経済史」である。

著者が焦点を向けたのは、韓国資本主義の象徴的存在である「京城(キョンソン)紡織株式会社=京紡(キョンバン)」とその創業一族「高敞(コチャン)の金一族」の歴史である。それは、「京紡は朝鮮史上初の朝鮮資本(かつ朝鮮人経営)による大規模な企業」であり、そこに「人間的なレベルでの韓国資本主義の起源と初期の発展を探ることができる」と考えたからだ。そして著者は、同社に残された豊富な記録文書を精査し、日本が「圧政者であると同時に社会経済の変化の推進者」だったことを立証していく。

 

↑日本の併合がなければなにもできなかった朝鮮人

日本の併合がなければ、あいかわらずクソをなめてただろう 誰のおかげで大きくなったのか?

 

大日本帝国が全て正しかった…

【大日本帝国 朝鮮総督府政策一覧】 併合時(1910)→ 終戦時(1945)

・教育の普及  無いに等しかった → 小学校5,213校、生徒数2,389,135人、就学率61%(1944)

・耕地面積      246万町歩 → 449万町歩

・水田面積      84万町歩 → 162万町歩(1928)

・石高(米の生産量) 約1千万石 → 2千万石(1930)

・鉄道     まったく無かった→ 3,827km

・人口        1,313万人 → 2,512万人(1944) (ほぼ2倍)

・植林  禿山だった(証拠写真多数あり) → 30年間で5億9千万本植えて緑化

・反当たり収量   0.49石 → 1.49(3倍)

 

↑本書には、究極ともいえるこの図表がないのが残念。

・鉄道  まったく無かった→ 3,827km

・人口  1,313万人 → 2,512万人(1944) (ほぼ2倍)

↑全く何もないところに鉄道を敷き、人口を2倍にした! これが大日本帝国の朝鮮統治が成功したという何よりの証拠。異論は許さない。

↑全く何もないところに鉄道を敷き、人口を2倍にした! これが大日本帝国の朝鮮統治が成功したという何よりの証拠。異論は許さない。

北朝鮮が自慢げに国章に描いている水豊ダムは、日本が昭和19年に完成させた、
当時世界最大級の水力発電所だった。

水豊ダム http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%B1%8A%E3%83%80%E3%83%A0

(水豊ダム写真)

File written by Adobe Photoshop¨ 4.0

↑朝鮮戦争のとき、アメリカ海軍機から雷撃攻撃を何度も受けたけどびくともしなかったと

↑チョンコは何一つできないクズどもで、日本人様に対して感謝の気持ちが足りません
罪日チョンコと共産党員、反日チョンコマスゴミどもには、毎朝、宮城への遥拝を義務付ける法律が必要だ

 

 

鼻糞を使ってまでして、日本企業の機密を盗もうとした韓国人 2012年06月22日

80年代後半に入って余裕ができた中産層が日本から輸入した醸造醤油を求めることが増えるとすぐに88年パク・スンボク社長は高級醸造醤油の開発を決心した。
醸造醤油は長期発酵過程で蛋白質含有量が高まり、味と香りが豊かになる。プレミアム醸造醤油
を作るためには原料の高級脱脂大豆と麦を適切に混ぜなければならず、2~3ヶ月だった発酵期
間も6ヶ月に増やさなければならなかった。

▲開発期間は1年超えた。日本のキッコーマン食品に数回ベンチマーキング出張したオ・ギョンファ ン研究開発部長(現常務)はしぶる関係者にせがんでやっと微生物発酵室に入った。キッコーマン 醤油の味に特別な発酵微生物の秘密が隠れていると考えた彼は、息をわざと深く吸い込んだ。そ
の後、用心深く発酵菌がついていることと考えられる鼻くそを密封して研究チームに渡したが、発
酵菌を採取することには失敗した▲

しかたなく100%国内技術で研究を続けた。先端設備も新しく持ってきた。発酵熟成タンクは韓国、 豆と小麦を圧搾する装置は日本の山崎鉄工所、微生物を発酵させる装置は日本の中田醸造機
械から確保した。 ソース:中央日報(韓国語) [チェ・ジヨン記者の長寿ブランド]セムピョ醸造醤油

2014/09/06 【韓国】「和牛」目指し、40年の努力と意地で生み出した「名品韓牛」[09/05] (笑)

↑このように、韓国人はつねに必死だ(笑) 緩いのはつねに日本側である。

 

おんぶにだっこ…

これが、戦後の日韓関係を象徴する言葉だと思う。

「漢江(ハンガン)の奇跡」をもたらしたもの、それは、日本側の巨額の援助1965に決まっている。

だから、せめて、NO JAPAN運動とか、日本大使館建設反対運動とか、従軍慰安婦捏造とかはやってはいけないはずだ。

何より、日本の銀行の「保証」がなければ他国から金さえ借り出せないというではないか??

日本人を怒らせるのも大概にしたほうがいい…

これから2度目の金融破綻しても倭人の援助は、なしな(笑)

 

司馬遼太郎著 「街道をゆく28耽羅紀行 1986」より

-朝鮮にも車を導入せねばならない。 というはなしである。

ここでいう車とはむろん自動車のことではなく、大八車のたぐいの車のことである。

李氏朝鮮は、官僚たちが教条によって文明を故意に停滞させた。

そういう立場からこれを見なければ、童話のようにきこえるはなしである。

朝鮮人は荷を背負ってゆく。

もし車があればどんなに経済が進み、民生がうるおうか、という論は実学派の持説であった。

これをはげしく説いたのは、十九世紀初頭に死んだ朴址源(1737-1805)である。

朴址源が、清の乾隆帝の古稀を祝う随員として北京に行ったのは1780年のことである。

日本でいうと江戸後期、田沼意次の時代のことで、この前年、発明家の平賀源内が死んだ。

世界史の上からみると、英国のジェームス・ワットが蒸気機関を発明して、ピストンの往復運動を円運動に変えて、車輪をうごかすことをはじめたのは、1781年なのである。

そのころ朝鮮には肩引きや動物にひかせる車さえなかったというのは、文明史的な驚異である。

朝鮮人ほど思弁的能力の高い民族が、形而下的な面になると車ももたなかったいうのは、
要するに朱子学的な政治のせいではあるまいか。

ついでながら、多少の車は存在していた。
物資の流通のためにつかわれる車がなかったということである。

 

「古代朝鮮が日本に文明を伝えた」という大嘘 2011/07/19(火)

朝鮮研究の第一人者である筑波大学教授の古田博司氏が毎日新聞から発行される『アジア時報』五月号より

◆木を曲げる技術なかった
◆車も樽もなかった
◆水車は5百年近く実用化できず
◆商店もなかった
◆顔料もなかったので壷も衣も全部白だった

<中世については、この間、朝鮮中世経済史の某氏と話した時に、私が「ちょっと言いにくいんだけど、

昔、日本では停滞史観だといって批判されたけど、
どうも僕は、長い間やっていた感触として、李朝はインカ帝国に似ていないか」と聞いたんですよ。

そうしたら、彼が「僕もそう思う」と言うんですね。
つまり、李朝というのは並みの中世ではないのです。例えば車がない。輪っかがないんです。なぜかというと、曲げ物をつくる技術がない。
木を曲げることができないから樽もないわけですよ>

<甕(カメ)は重いでしょう。樽だと楽なんですが、それがないんですよ。だから升に入れて、

車がないから、チゲといって全部背中に担ぐ。

王朝の宮廷に地方でとれた蜂蜜を届けるんですけれども、そういう時は四角の升です。それを組み合わせて木釘で打ったものに蜂蜜を入れて、
背中に担いで山越え谷越えするものですから、着いた時は半分ぐらいないという状況になる。

もっとすごいのは、李朝には商店がないんですよ。
御用商人の商店が一カ所に集まっている。でも戸が閉まっている。要するに、宮中の御用をするだけなんですね。一般の民衆はどうかというと、 みんな市場で買い物をします。北朝鮮と同じなんです。

開いている商店というと、筆屋とか真鍮の食器屋ぐらいですね。両班(ヤンバン)の
うちで使うから筆屋と食器屋はある。帽子などは地面に広げて売っています。

商店というものが全然ないんですね。これは儒教のせいではありません。
初めからずっとないのです。北朝鮮も同じで商店がない。闇市しかないわけです。>

<李朝には顔料がないです。だから、赤絵の壷がないでしょう。薄ぼけた赤いのがあることはありますが、ほぼ全部真っ白。赤絵の壷がないというのが大きな特徴です。柳宗悦が「朝鮮の白は悲哀の色」といったのですが、それは本当は貧しさの悲哀のことです。(中略)顔料がないのです。
コバルトをすこし発色できるだけでしょうか。だから衣も民衆は全部白です。

(中略)上流はみんな色付きです。中国から取り寄せて上流階級では色の付いたものを着ている。
また地方の農村でヤンバンが御用の染料屋に衣を染めさせるという記録はあります。
でも下層は麻や木綿地の白ですよ。
それを川辺で棒でたたいて洗濯をするものだから、ますます白くなる>

 

↑日本国の成り立ち、日本国そのものに密接に関連する問題だが、私はいわゆる「朝鮮半島渡来人大量渡来説」というのは誤りだと思ってる。

 

いわゆる、「渡来人史観」批判…【今回は重要です】渡来人は倭人だった 渡来人が何万人も朝鮮半島から渡ってきたというの無理ではないか?? その狭間を埋めるもの、それがまさに九州王朝説である

いわゆる、「渡来人史観」批判…【今回は重要です】渡来人は倭人だった 渡来人が何万人も朝鮮半島から渡ってきたというの無理ではないか?? その狭間を埋めるもの、それがまさに九州王朝説である
いわゆる、「渡来人史観」批判… 渡来人が何万人も朝鮮半島から渡ってきたというの無理ではないか?? その狭間を埋めるもの、それがまさに九州王朝である

 

この図は、東京大学の大橋順・人類学教授が膨大な過去データを2024年にまとめたものだが、これをみると、実に不思議なことに気づく。

 

もし、従来の「渡来人大量渡来説」が正しいならば、この図の北九州の渡来人濃度の薄さがまことにおかしいということになる。

これをこの動画主も言っていて、主に関西に渡来人濃度が濃いのは、驚くべきことに、「海を渡って朝鮮半島に渡って、弥生人化した倭人たちを当時の天皇が敦賀の港から帆船で大量に受け入れたからだ」と、途方もない問題提起を行っている。

縄文人たちが大量に海を渡って朝鮮半島に行きコロニーを形成していたことは、出土物からみても明らかだ。

 

椿井文書―日本最大級の偽文書 (中公新書 (2584)) 2020/3/17 馬部 隆弘 (著)

椿井文書―日本最大級の偽文書 (中公新書 (2584)) 2020/3/17 馬部 隆弘 (著)
椿井文書―日本最大級の偽文書 (中公新書 (2584)) 2020/3/17 馬部 隆弘 (著)

 

なにせ量が多いので著名な(悪名高い?)ものを挙げておく。

河内国交野郡藤坂村(大阪府枚方市)に、伝王仁墓という大阪府の指定史跡がある。

王仁とは、応神天皇の時代に「論語」や「千字文」を百済から日本へもたらしたとされる人物であるとされるが、実在を疑問視する研究者も多い。

この伝王仁墓は、文字も刻まれていない高さ約1メートルの自然石で、地元では歯痛やおこりに霊験あらたかであると信じられ、「おに墓」と呼ばれていた。

ところが、当地へ調査に赴いた並河誠所が、「おに」は「王仁」の訛りで、本来は「王仁」の墓であると「五幾内誌」(享保20年(1735年)出版)に掲載した。

さらに、藤坂村の領主である旗本久貝氏は、並河誠所の建言に従って、「博士王仁之墓」と刻んだ石碑を自然石のすぐ後方に建立する。

古墳が盛んに造られた時代の人物なのに、その墓が自然石ひとつというのも不可解である。

 

渡来人大量渡来説には昔から、疑問を持っていて、一部の良心的な考古学者がそれに触れているだけだ。

古事記・日本書紀、あるいは新撰姓氏録あたりの、畿内ヤマト政権の「偽造文書」を手掛かりにするのは間違いだとの説を持っている。

例えば、著名な秦氏があげられる…

 

菊池山哉の「天の朝と大和朝」昭和26年 多摩史談会、700ページから714ページまで使って、奈良朝紀までのいわゆる秦氏の全国分布を挙げている。

煩瑣になるからその図を載せるのは省くが、まさに壮観、西日本中心だが、全国的に秦氏が分布しているのがわかる。

秦氏は数が多すぎるのだ。日本最古の戸籍、7世紀の時点で九州にうじゃうじゃいる。

 

こうした秦氏帰化人説に対して、古今疑うものもなく、却ってあらゆる史家が、我が国の文化は帰化人に負うところ大きく、その随一に秦氏をあげている。

一見辻褄があっているようでもあるが、疑うべき点も決して少なくないのである。

…こうした偉大な秦氏の分布というものは、ハタ氏なるものは原住民であり、所在いたるところに居た倭種であると見る方が、加羅(朝鮮半島)より渡来して、臣や連の奴隷となって居った、移動とみるより、遥かに確実性がある。  714ページ

次ぎは、秦の造の本願地、葛野郡ウズマサ地方、並びに秦の伴の造の本願地深草郷は、山城でも有数の石器時代土器の分布地であり、原住民の大集落のあったことは、ほとんど絶対であることである。決して空閑地ではない。

風来人は原住民の居住しない地方へ配置すべきで、先住者を追い払ってまで、その地へ居住せしめなければならない理由はない。

菊池山哉の「天の朝と大和朝」多摩史談会 昭和26年より

 

埼玉県日高郡にある、高句麗からの帰化人伝承のことは皆さんもよくご存じかと思う。

668年に唐・新羅に滅ぼされ亡命して日本に居住していた高句麗からの帰化人を朝廷はこの地に移住させた。

703年には高麗若光が朝廷から王姓が下賜されたという話が伝わっている。

高麗若光が「玄武若光」と同一人物ならば、高句麗王族の一人として、外国の王族の出身者に与えられていた王(こきし)の姓(かばね)を認められたということになる。この高麗若光も朝廷の命により高麗郡の設置にあたって他の高句麗人とともに高麗郡の地に移ってきたものと推定されている(新編『埼玉県史』)。

3. 歴史の空白(謎)

高麗郡として多くの渡来人が移住したにもかかわらず、なぜ具体的な集落の全容や彼らが日常生活で使っていた道具が広範囲に発掘されないのか、という疑問がある…

↑これはじつは謎中の謎である。もしかしたら、ヤマト畿内政権の「文献操作」のなかだけで存在する人たちではないだろうかと私は疑っている…

このように、いわゆる「帰化人伝承、渡来人伝承」には、考古学的事実と合わないことが多すぎる!!!

 



 

新たな史料・史実の発掘により、日清戦争下、朝鮮半島で展開された日本軍の虐殺作戦の全貌を明らかにする!

日清戦争は、日本と清国(中国)との戦争だ。それなのに、最大の「戦死者」を出したのは、勝った日本でも、敗れた中国でもなく、朝鮮だった!
交戦国ではない朝鮮が、どうして最大の「戦死者」(3~5万人)を出したのか?

朝鮮王宮(皇居)を占領した日本軍に対し、朝鮮の農民三百万が竹やりで蜂起し、それを日本軍が〝せん滅〟した。
長い間、歴史の闇に葬られて、韓国でも近年ようやく明らかにされてきたこの驚くべき事実を、
日韓の研究者が共同で取り組んだ成果を、読みやすい形で提示する!

著者について

中塚 明(なかつか あきら)
1929年、大阪に生まれる。日本近代史、とくに近代の日朝関係の歴史を主に研究。
奈良女子大学名誉教授。
著書『日清戦争の研究』(青木書店)『近代日本と朝鮮』(三省堂)『蹇々録の世界』(みすず書房)
『歴史の偽造をただす』『歴史家の仕事』『現代日本の歴史認識』『これだけは知っておきたい日本と・韓国・朝鮮の歴史』
『司馬遼太郎の歴史観』『NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史認識を等』(共著。以上高文研)

井上 勝生(いのうえ かつお)
1945年、岐阜県に生まれる。幕末・維新史を研究するが、1990年代後半から東学農民戦争の研究に踏み込む
北海道大学名誉教授。
著書『幕末維新政治史の研究』(塙書房)『開国と幕末変革』(講談社〈日本の歴史18〉)『幕末・維新』(岩波書店〈シリーズ日本近現代史1〉)『甲午農民戦争(東学農民戦争)と日本軍』(吉川弘文館)他

朴 孟洙(パク メイス) 1955年、韓国・全南に生まれる。円光大学校教授。北海道大学文学研究科博士課程修了、文学博士。
1980年代後半より東学および東学農民革命に関する歴史研究に取り組みつつ、現在はハンサリム運動(生命・環境運動)の指導者として活動。

↑この朴 孟洙(パク メイス)氏の経歴が面白い。

彼は、あの光州事件発生時、政府側の情報将校だったという。そのことで悩み、煩悶し宗教に人生の活を求めたという。ここまでは、いいのだが、この本の著者である中塚明に出会い、北大のアイヌ民族遺骨放置事件などに関わるようになり、いまでは立派な「反日言論人(笑)」であるらしい。

中塚明ら、反日サヨク言論人が、どうしようもないのは、いち韓国人を精神的にリクルート
して、かれらの心を反日に向けさせることであろう。余計なこと、しやがってという感慨しか浮かばない…

 

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これだけは知っておきたい日本と韓国・朝鮮の歴史2002/中塚 明 (著) 高文研 178P
「日本はなぜ、ふるい朝鮮観を引きづっているのか」より

無自覚のうちにも偏見と誤解に虫食われた歴史観を克服し、事実にもとづく歴史認識を「国民的常識」に導く。日朝関係史の第一人者が、古代から現代までエッセンシャルな事項を選んで、平易明快に説いた入門書。

 

「戦後50年決議」には、決議すること自体に反対して、「戦没者追悼・感謝の決議」の採択が地方議会であいつぎました。この反対運動を指導した会長が奥野 誠亮衆議院議員でした。
この反対運動のなかで彼はこう言いました。

 

こないだも言ったんだけれども、私たちは朝鮮支配なんて考えたこともありませんと。私は当時、内務省の役人だったんだが、朝鮮がよくなるように、台湾がよくなるように、努力してきたんですと。だから李さんが皇族の一員になったんだし、重臣が華族になったんですと。

学校もどしどし設置し、京城帝国大学まで作ったんです。そして、日本国になり日本人になったんだから、日本人と同じようにしたければ、させてあげようということで、日本流の「氏」を使い、名を使うなら申請すればそのようにしてあげましょうとしたんです。」
(月間国会ニュース 1995年4月号 編集長インタビュー)

 

↑まさに痛快丸かじりの奥野 誠亮さんである。奥野さんの一字一句に賛同する。惜しい人を亡くしたものである。

 

「それはまさにこの植民地の歴史上、最も耐え難い圧政が行われた時代であった。朝鮮人は朝鮮語を話さないようにと命じられ、改名を強いられ、数百万の朝鮮人が使い捨てにされたのだ」

↑はい、大嘘確定

 

奥野 誠亮(おくの せいすけ、1913年(大正2年)7月12日 – )は、日本の内務官僚、政治家。 「おくの せいりょう」と呼ばれることもある。

かつて自民党総務会で、野中広務が「創氏改名は朝鮮人が望んだ」と発言した麻生太郎を糾弾したことがある。

そのとき奥野が「野中君、君は若いから知らないかもしれないが、麻生君が言うことは100%正解だよ。朝鮮名のままだと商売がやりにくかった。そういう訴えが多かったので、創氏改名に踏み切った。判子をついたのは内務官僚、この私なんだ」と言ったら、野中はそこで中座して出ていってしまった。
横で聞いていた野呂田芳成は「いや、奥野先生、今日はホントにいい話を聞かせていただきました」と感激していた。

ソース:「別冊正論」 第一号 http://www.sankei.co.jp/seiron/etra/no01/ex01.html
〈覆面座談会〉全国紙政治部記者・月刊誌編集者・週刊誌記者

 

日清・日露戦史の真実 ――『坂の上の雲』と日本人の歴史観 (筑摩選書) 2022/渡辺 延志 (著) なぜ、日本の近代史から長崎事件が消されているのか?

日清・日露戦史の真実 ――『坂の上の雲』と日本人の歴史観 (筑摩選書) 2022/渡辺 延志 (著) なぜ、日本の近代史から長崎事件が消されているのか?
なぜ、日本の近代史から長崎事件が消されているのか?

なぜ、日本の近代史から長崎事件が消されているのか?

なぜ、日本の近代史から長崎事件が消されているのか?

なぜ、日本の近代史から長崎事件が消されているのか?

この本も勿論、長崎事件の「な」の字も出てこない。

「…日本は平和を願ったのだが、好戦的なシナのせいで、やむなく戦争になったと強調すること、失敗した軍事行動は記さないこと、
直接作戦に関することのほかは末尾に付け足しておけばいいーーといった指示である。」

↑と、中塚明も福島の図書館で発見したとする日本陸軍参謀本部の「佐藤文書」なるものを精査して云う。

 

全てのこの類の本に共通するのは、いきなり唐突に日清戦争開戦から始まり、朝鮮の王宮占拠に触れ、東学党の乱発生、鎮圧辺りに触れ、2万とも3万ともいわれるちょうせんじんの死者に触れ、日本軍やりすぎじゃないのかといった意見を述べる…

大体がこのパターンである。

福沢諭吉が自己資金を提供して、寄付金額たしか2位、他の日本人も挙国一致となったのに、なぜその熱い思いが忘れられているのか?

由々しき問題ではないのか、という問題提起をしたつもりで、去年はてなブログで3本くらい書いたが、驚くほど反響がなかった…(笑)

 

長崎清国水兵争闘事件「再考」 明治19年。 それは、明治の「元寇」だった!

それから、反日バカ左翼のこのテーマの本、30冊ばかり読んでいるが、一つの重大なポイントに気が付いた。
反日バカ左翼は、いつも日清戦争を取り上げる際、けっして「長崎事件」には触れないということ。
長崎事件は全く知られていないが、1886年(明治19)その当時、清帝国と呼ばれた中国の北洋艦隊が突如長崎に来襲し、 水兵の大集団が大暴動を起こした侵略事件だ。

原因があるから結果がある。
日清戦争に関しては、原因は長崎清国水兵争闘事件だ。はっきりしてる。
その根本のそもそもの原因がおざなりにされてる現状を深く憂いてこれを書く。

 

この長崎事件は当時、日本全国に一大ショックを与え、清国に対する日本人の敵愾心が、烈火のように燃え上がりました。
この事件の背景には、朝鮮問題を巡る日清両国の紛争がありました。
そこで日本を脅かすため、清国海軍が計画的に長崎に殴り込みをかけたのです。
当時の弱小国、日本は歯噛みしながら、なす術もなかったのです。

 

李鴻章は日本に謝罪するどころか、 日本との戦争も辞さずという強硬な態度を取る。
日本政府はその圧力に屈し、賠償金を払い日本側関係者の処罰まで行う。

事件後、日清両国は長崎においては英仏人弁護士の加わった会弁委員会で、また東京では井上馨外相と徐承祖駐日公使により交渉が行われ、
最終的には英独公使などの斡旋を経て妥結した。
その内容は事件の当事者については所属国の法律により処分、また撫恤料として日本からは52500円、清国から15500円を支出するというものであった。

 

これは出来レース、はじめから日本に因縁ふっかけるつもりで連中は日本に来ていた。
なぜこのような理不尽な処理をしたかというと、当時の清国の兵力108万4千人に対して日本は7万8千人であり、 
もしこの事件がきっかけで戦争になったら簡単に東京を制圧され、九州を取られていただろうと予測されていた為だ。

 事件の後、日本人はプッツン切れた。あのクリスチャンの内村鑑三でさえ、
 
「文明国として不実のシナに対しては鉄血を以って正義を求めるしかない永久平和の為に戦え」と言ったほど 
 そして日本は軍備増強を行い、8年後、清国を打ち破るのであった。
 
この長崎事件を契機として、日本人の防衛思想の根底に、大陸を国防の第一線とする考え方が生まれたのです。 

 

韓国には現在、2度目のデフォルトが迫っている…

危険水域の1500ウオンを行ったり来たりしている。

やはり、ちょうせんじんはダメなのではないか?(笑)

幽界の中塚明氏に言いたいのそのことである。

 

同志社国際 無許可の抗議船に謝礼払い生徒乗せ死なせる!別コースは活動家のアトリエ→民泊で左翼活動家育成【辺野古転覆 修学旅行女子高生事故、沖縄、不屈、平和丸、金井創、金城実】


江戸川太郎の保守ニュース速報 チャンネル登録者数 4.42万人

@咲太郎-l8q
20 分前
金城実は部落解放同盟のバリバリの活動家で大阪府連住吉支部、浅香支部などと深い繋がりがあるヤツ要するにしばき隊やんな!

@user-pr8cn6lm9j
21 分前
結局、反日左翼の違法行為が野放しにされてる事が一番の害悪
しばき隊の選挙妨害も野放し状態
あちらも死者が出るまで放っておく気か?

@koji-chandayo
50 分前
平和教育という名の左翼教育。

 

朝鮮半島”空白の5000年”と日本人のルーツ(長浜浩明×三橋貴明)


三橋TV チャンネル登録者数 90.6万人

6.2万回視聴 9 日前
長浜浩明先生の書籍はこちら↓
・科学で読み解く日本神話と古事記

 

一線を越えた韓国の「反日」 2021/豊田 有恒 (著) ビジネス社 こんな優良な親韓派を敵に回すとは…終わりだよ、連中

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徐勝(ソ・スン)「英雄」にされた北朝鮮のスパイ―金日成親子の犯罪を隠した日本の妖怪たち1994/張 明秀 (著)宝島社  スパイが大学教授って? 大概にせえよ拉致命館…

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拉致問題について思うこと「拉致問題は絶対に解決できる。政治家にその気がないだけ……」

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日本人殺しの中道改革連合に騙されるな!!!!!日本人殺しの中道改革連合に騙されるな!!!!!

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