北海道・増毛での極貧の幼少期。
鍋を磨き続けた二年と〝料理の神様〟に近づきたくて生やした口髭。地獄の厨房と欧州修業。
一文無しでの開業とバッシング、そしてミシュランとの決別――。
三國シェフの不可能を可能にする圧倒的努力、生きるための営みと企み、そして本気になるとはどういうことか。
仕事の流儀と人生の本質が凝縮された一冊。
三國清三と村上信夫に関しては、決して雲の上の人ではなく、素晴らしくうまいチキンピラフを教えてくれた人として尊敬していた。
三國さんのYouTubeをみて、自作してみたチキンピラフだが、これがすさまじくうまい。
#259『チキンピラフ』バター醤油とカレー香る!シェフ三國の簡単レシピ
シェフ三國清三 チャンネル登録者数 54.9万人
587,606回視聴 2021/01/31
東京・四ツ谷にあるフランス料理レストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」オーナーシェフの三國清三によるレシピをご紹介しています。
「チキンピラフ」Riz pilaf au poulet
【材料】2〜3人前 鶏もも肉 200g マッシュルーム 8個
白ワイン 1/4カップ 醤油 小さじ2
[バターライス] お米 1合 水 1カップ 無塩バター 15g
塩 適量 こしょう 適量 カレー粉 大さじ1
オリーブオイル 大さじ1 無塩バター 20g
【準備】
・鶏肉は一口大にカットする。塩、こしょうで下味をする。・マッシュルームは半分にカットする。
・バターライスを炊飯ジャーで炊いておく。
【手順】
1.フライパンにオリーブオイルを熱し、鶏肉を皮目から焼く。
2.カレーパウダー、マッシュルームを加えて炒める。
3.白ワインを加えて、アルコールを飛ばす。
4.バターライスを加えて炒める。 5.バター、醤油を加え、仕上げる。
↑バター醤油ごはんのおいしさは知っていたが、それになお、カレーピラフを絡めているのがこれの凄いところ… うますぎる!!
読んで感じたのは、三國清三という人物は、太閤豊臣秀吉とか、田中角栄とかいった人たちと同じ星の元に生まれた人ではないかというところ。
逆境を正攻法で乗り切るところが本当に凄い!!
単なる一流シェフが書いた思い出ばなしとはそこらへんが根本から違っている。
我田引水になるが、私が想起したのはこれ ↓
いいこと言うなあ…感心する。今回は、出口王仁三郎が語る「人生が好転する人に現れる5つ兆候」についてお届けします

【99%が知らない】あらゆる悩みや不安が消え去る「最強の思考法」│どうでもいいと思うことで人生が好転する理由(出口王仁三郎)
偉人の言葉 チャンネル登録者数 10.3万人
12万 回視聴 2 週間前 偉人の言葉 聞き流し用
今回は、出口王仁三郎が説いた「どうでもよい」の真意を、7つの視点から丁寧に紐解いていきます …
@生き方の知恵-99 1 日前
素晴らしい内容でした!特に「どうでもよい」という言葉が、投げやりな意味ではなく、執着を手放して心を軽くするという深い意味を持つという解釈に感動しました。過去や未来、他人との比較に囚われがちな現代人にとって、心のあり方を根本から見つめ直すきっかけを与えてくれますね。私も「どうでもよい」と心で唱えて、もっと軽やかに生きていきたいと感じました。本当にありがとうございました!
札幌グランドホテルへ入りたくて、増毛から出てきた三國少年は、担当者の青木靖男さんへの直訴に成功する。
青木さんはぼくを追い出さなかった。机に呼んで、黙って話を聞いてくれた
グランドホテルの就職試験を受けるには高卒以上の資格が必要だった。
そればっかりは、どうにもこうにもならなかった。
「君そこでなにやってんだ」
まっすぐにこちらを見ていた。その眼光に負けないように、下を向いてしまわないように、夢中で睨み返した。
「ここで働かせてください」
大きな声でそう言って、頭を下げた。
その人の名を、青木靖男という。
当時32歳。肩書は西洋料理部課長代理。
青木さんはぼくを追い出さなかった。机に呼んで、黙って話を聞いてくれた。
夢中で喋った。
厨房見学させてもらった学生であること。増毛の漁師の三男坊で、今は札幌の米屋で働きながら、夜間学校で料理の勉強をしていること。
生まれて初めてハンバーグを食べて、どうしても札幌グランドホテルのコックになりたいと思ったこと…… 52ぺージ
そして、帝国ホテルの名料理長・村上信夫のもとへ。
ひたすら鍋洗いをすること3年。
とうとう20歳のとき、三國清三はすべてをあきらめ、村上料理長のもとへ別れのあいさつに向かう。
そこで告げられたことは、「君には、スイス・ジュネーブの軍縮大使のもとに行ってもらう。もう話はついてる」
鍋洗いをひたすらやって、一品も料理を作っていない青年に対してはこれは驚きの決断だ。
何より、三國さん本人が魂消たに違いない。
三國、燃え尽きるまで厨房に立つ (扶桑社BOOKS) 三國 清三 (著)

37年間ほぼ満席だった「オテル・ドゥ・ミクニ」をたたみ、70歳にしてたった8席の店をオープンする
僕の人生はまだこれから。
フレンチの巨匠が「ミクニ」でやってきたこと、やれなかったこと
今を遡ること40年前、三國清三が30歳でオープンした「オテル・ドゥ・ミクニ」。
一度は潰れる寸前までいくものの、一億総グルメブームの波に乗り、予約の取れない人気店に。
バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍など、数々の困難を乗り越え、
37年間ほぼ満席だった奇跡の名店。
三國は料理人として、経営者として、「ミクニ」をどう育て、グループを大きくしてきたのか。
激動の昭和、平成、令和を超えた、正面突破の生きざまに迫る渾身の自伝。
「オテル・ドゥ・ミクニ」は2022年末に惜しまれながら閉店−−−。
著者について
三國清三(みくに きよみ)
1954年北海道 増毛町生まれ。中学卒業後、札幌グランドホテルや帝国ホテルで修業し、駐スイス日本大使館料理長に20歳で就任。
その後名だたる三つ星レストランで腕を磨き、8年後に帰国。85年、東京・四ッ谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」を開店。
予約の取れないグラン・メゾンとなる。
世界各地でミクニ・フェスティバルを開催するなど国際的にも活躍する一方で、子どもの食育活動やスローフード推進などにも尽力している。2020年にYouTubeチャンネルを始め、登録者数53万人の人気チャンネルになる。
22年、惜しまれながらも「オテル・ドゥ・ミクニ」を閉店、25年、カウンター8席の「三國」を開店。
帝国ホテル 厨房物語 私の履歴書 (日経ビジネス人文庫) 村上信夫 (著)

60年余りにわたり帝国ホテルの味を守り続けてきたフランス料理界の重鎮の自伝。東京オリンピック選手村食堂の料理長としての奮闘や、エリザベス女王ら賓客の思い出などをまじえながら、波乱の人生を振り返る。
味に歴史あり
帝国ホテルの味を60年余りにわたって守り続けてきたフランス料理界の第一人者の波瀾に満ちた料理人生。
▼三國清三(オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ)序文より---「村上さんは今も、ボクの大切な師だ。そのムッシュが自伝を書いた。自慢話が大嫌いな名料理人が控えめに、淡々と記した半生の物語は、読む人にきっと何かを残す。料理を愛するすべての人に、この味わい深い本を、ぜひ読んでいただきたい。」
▼辻芳樹(辻調理師専門学校校長)解説より---「優れた料理人になるためには、自分の努力と才覚で、料理の精随をつかみとっていくことが何よりも大切なのだ。この自伝に書かれた村上さんの物語は決して昔話ではなく、良い料理人になるための心構えが詰まっている。そして、夢を持ち続けることの素晴らしさを教えてくれる。」
60年余りにわたって帝国ホテルの味を守り続けてきたフランス料理界の第一人者が、大正・昭和の名シェフたちの思い出や、エリザベス女王など賓客との交流をまじえながら、波乱万丈の料理人生を振り返る。
岡野朋一 星5つ中4つ フレンチの巨匠・村上信夫の人生から学ぶ
2023年8月13日に日本でレビュー済み
帝国ホテル総料理長を勤めた村上信夫氏の自伝。
三國清三氏の序文も胸を打つ。師に対する慈愛に溢れているのだ。
村上氏は戦争体験を淡々と書いているが、筆舌に尽くせないこともあったに違いない。帝国ホテルから出征した13人のうち生還したのは3人だけだった。お国のために死ぬつもりだった。生きて帰ってからは猛烈に働いたに違いない。戦争を経験した人の精神力。日本の戦後復興は、そういった人たちが強靭な精神力で成し遂げたに違いない。
しかし、本書で学ぶべきは村上氏の勤勉さであろう。氏は社会に出てから勉強した。言葉にすれば簡単だが並大抵のことではない。漢字さえ書けないところから始めて、フランス料理に関連する膨大な知識を得るには、また本書を書き上げるだけの知性を磨くには「剣豪の修行」のような不断の努力を要したはずだ。
三浦晃 星5つ中5つ
皿洗いの三国清三をスイス軍縮大使専属コックに推薦した人
2023年5月5日に日本でレビュー済み
皿洗いの三国清三をスイス軍縮大使専属コックに推薦した人
自宅ではいっさい料理や帝国ホテルのことを話さない人が
2名だけ書いた その一名が三国清三です
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